饗宴

原題
Symposion
作者
プラトン
成立
前385頃
ギリシャ
時代
古典期

概要

前385年前後に書かれたプラトンの対話篇である。

題名の「シュンポシオン」は、食事のあとに酒を飲みながら語り合う会を指す。アテナイの上流の男性の社交の場で、酒の量を決める幹事を立て、笛吹きの女を呼び、順に話をする。この作品では、悲劇作家アガトンが競演で優勝した翌日の祝いの席が舞台になっている。

参加者は、飲み過ぎた前日の反省から酒を控え、代わりにエロス(愛・恋)を讃える演説を順に行うことにする。七人が別々の角度から愛を論じ、それぞれが完結した一つの説になっている。 前の話者を受けて次が反論する形で進み、議論は積み上がっていく。

構成は入れ子になっている。宴から十数年後、その場にいなかった人物が、参加者から聞いた話を、さらに別の人に語る。読者は伝聞の伝聞として受け取る。

前385年前後の執筆と推定される。作中の宴は前416年、アガトンが優勝した年に設定されている。執筆時にはすでに、この夜の参加者の多くが悲惨な末路をたどっていた。

アルキビアデスは、前415年のシチリア遠征の直前に神像破壊の嫌疑をかけられて亡命し、スパルタ、次いでペルシアに走り、前404年に暗殺された。ソクラテスは前399年に死刑に処された。読者はそれを知って読むことになる。

プラトンの対話篇は多数あり、中期の作品群でイデア論が展開される。この作品は文学的な完成度が高いものとして扱われ、演説の文体が話者ごとに書き分けられている。アガトンの演説は当時流行した修辞の様式を模しており、パロディの要素を含む。

ディオティマという女性については、実在したかどうか分かっていない。プラトンの創作とみる説が有力である。

同じ宴を扱った作品に、クセノポンの『饗宴』がある。

文学史における評価と影響

プラトニック・ラブという語の源にあたる。ただし現在流通している「肉体関係を伴わない精神的な愛」という意味は、ルネサンス期のフィレンツェでこの作品が再読された際に成立したもので、作中の議論とは重心が異なる。ソクラテスが説くのは、個別の美から普遍の美へ上昇する認識の階梯であり、肉体の愛を出発点として肯定的に位置づけている。

哲学の書でありながら、文学作品として読まれ続けてきた。人物の造形、場面の設定、乱入という劇的な転換、そして冒頭の入れ子構造。論文ではなく、対話と場面によって思想を提示する形式の完成形として扱われる。

アリストパネスの球形人間の話は、この作品で最も広く知られた箇所である。恋を「失われた半身を求めること」と説明する枠組みは、以後の文学と大衆文化で繰り返し用いられてきた。元の話では男女の組み合わせは三種類のうち一つにすぎない。

後世への影響は、ルネサンス期のフィチーノによるラテン語訳と注解を通じて広がった。ここから「プラトニックな愛」の観念が形成され、ルネサンスの詩と絵画に浸透する。

近代では、性愛と社会をめぐる議論の資料としても扱われる。作中の愛は主に年長の男性と若い男性の間のもので、当時のアテナイの慣習を反映している。この点は古典学と、20世紀後半以降のセクシュアリティ研究の双方で論じられてきた。

日本では複数の訳が読める。プラトンの対話篇の中で最も入りやすいものの一つとされる。

あらすじ

医師エリュクシマコスの提案で、順にエロスを讃えることになる。

パイドロスが最初に話す。エロスは最も古い神であり、恋する者は愛する相手の前で恥ずかしい振る舞いができないため、勇気を生む。

パウサニアスが続き、エロスを二種類に分ける。肉体だけを求める通俗的なものと、魂に向かう天上のもの。後者だけが称賛に値すると論じる。

エリュクシマコスは医学の観点から、エロスを身体の中の対立する要素を調和させる原理として説明し、音楽や天文にも同じ原理が働くと述べる。

喜劇作家アリストパネスが話す。しゃっくりが止まらず順番を入れ替えてもらった、という滑稽な導入がつく。人間はもともと球形で、手足が四本ずつ、顔が二つあった。男・女・男女の三種類がいて、力が強く神々に挑んだため、ゼウスが真っ二つに切った。以来、人は自分の失われた半身を探し続けている。これが恋の正体だ、と説く。この話は作品を離れて広く知られている。

主催者アガトンは、エロスは最も若く、最も美しく、あらゆる徳を備えた神だと、修辞を凝らして讃える。

ソクラテスの番になる。まずアガトンに質問し、エロスは何かを愛するものであり、愛するのは自分が持っていないものだ、という同意を引き出す。したがってエロス自身は美しくも善くもない。前の演説の前提がここで崩れる。

続いて、マンティネイアの女性ディオティマから聞いたという形で説を述べる。エロスは神ではなく、神と人間の中間にある存在で、豊かさと貧しさの子である。求めるのは美そのものであり、その目的は、美しいものの中で生み出すことにある。肉体は子を生み、魂は徳と作品を生む。

そこから上昇の階梯が示される。一つの美しい肉体を愛することから始まり、すべての美しい肉体へ、次に魂の美へ、制度と学問の美へ、最後に美そのものへ至る。個別の美を段階的に離れて、美のイデアに達するという道筋である。

演説が終わったところで、戸を叩く音がする。酔ったアルキビアデスが、笛吹きの女に支えられて乱入する。アテナイの若く美しい将軍で、この場を仕切ると宣言し、ソクラテスを讃えることにする。

その内容は演説ではなく暴露になる。醜い外見のシレノスの像は、開けると中に神像が入っている——ソクラテスもそれと同じだ、と言う。戦場での勇敢さ、酒に強いこと、真冬に裸足で立ち続けたこと。そして、自分がソクラテスを誘惑しようとして同衾したが、何もされずに朝を迎えたことを、恥を晒して語る。

夜が明ける。多くが眠り込む中、ソクラテスはアガトンとアリストパネスに、悲劇の作者は喜劇も書けるはずだと説き続けている。二人が寝入ると、ソクラテスは起き出して、いつも通りの一日を過ごしに出て行く。

作者

登場する文学史