女の平和
- 原題
- Lysistrate
- 作者
- アリストパネス
- 成立
- 前411
- 国
- ギリシャ
- 時代
- 古典期
概要
前411年にアテナイで上演された喜劇である。作者はアリストパネス。
筋は単純である。アテナイの女リュシストラテが、交戦国双方の女たちを集め、戦争が終わるまで夫と交わらないことを誓わせる。同時に年配の女たちがアクロポリスを占拠し、戦費の出所である国庫を押さえる。男たちは耐えきれず、和平が結ばれる。
上演の時期が、この作品の性質を決めている。二年前のシチリア遠征でアテナイは艦隊と兵力の大半を失い、戦争は二十年目に入っていた。喜劇として笑いを取りながら、和平を正面から主張する劇が、その状況で上演された。
猥雑な冗談が全篇に満ちる。当時の喜劇では性的な言葉と身振りが公然と用いられ、俳優は誇張した張り型を装着して演じた。同時に、和平を説く場面では調子が変わり、ギリシア人同士が戦うことの愚かさが真面目に語られる。
前411年の上演。この年、アテナイでは民主政が一時的に倒され、寡頭派による政変が起きている。上演がその前か後かは確定していない。
前413年のシチリア遠征の壊滅により、アテナイは劣勢に立たされていた。財政も逼迫し、非常時のために取り置かれていた予備金が取り崩されている。作中で国庫の占拠が戦争を止める手段として描かれるのは、この事情による。
アリストパネスは生涯に四十篇ほどを書き、うち十一篇が完全な形で現存する。政治家、思想家、同業の作家を実名で攻撃する作風で知られ、エウリピデスを繰り返し茶化し、哲学者ソクラテスを槍玉に挙げた『雲』も書いている。戦争を主題とする作品は他にもあり、初期の『アカルナイの人々』『平和』も和平を扱う。
上演された祭典は、レナイア祭かディオニュシア祭のいずれかとみられる。当時の喜劇は市民の公費負担で上演され、政治的な内容が公然と扱われた。女性が観劇していたかどうかは分かっていない。
文学史における評価と影響
古代の喜劇のうち、現在最も上演される作品の一つである。反戦劇として繰り返し取り上げられ、20世紀以降、戦争のたびに上演と翻案が行われてきた。2003年には、イラク戦争開戦前に世界各地で一斉朗読が行われている。
ただし、この作品を近代的な反戦劇として読むことには留保が要る。作中で否定されているのはギリシア人同士の戦争であり、戦争そのものではない。 リュシストラテの和解の演説は、共通の敵であるペルシアに向かうべきだという論理を含む。
女性の描かれ方も、同様の留保を必要とする。女たちは知恵と決断力を示し、政治を論じ、男を屈服させる。同時に、酒好きで、性欲を抑えられず、口実を作って逃げ出す者として描かれる。当時の観客にとって、女が国を動かすという設定自体が、ありえない事態としての笑いだった。 20世紀以降、フェミニズムの文脈で読まれることが増えたが、その読みと当時の受容の距離は、議論の対象になっている。
喜劇の形式としては、古喜劇と呼ばれる型に属する。ありえない着想を出発点にし、それを論理的に押し進め、合唱隊が観客に直接語りかけ、実在の人物を名指しで攻撃する。この自由は、アテナイの民主政と結びついていた。前4世紀以降、政治への言及は減り、日常の恋愛と人物類型を扱う新喜劇(メナンドロス)へ移っていく。
上演史では、猥雑な部分の扱いが常に問題になってきた。19世紀の翻訳では大幅に削除され、20世紀後半以降は原文通りに演じられることが多い。
日本でも訳が読める。上演も行われている。
あらすじ
夜明け前のアテナイの街路。リュシストラテが各地から女たちを呼び集めている。集まりが悪いことに苛立つが、やがてアテナイの女たち、隣国メガラとボイオティアの女、そして敵国スパルタからランピトーが来る。
リュシストラテが計画を明かす。戦争を終わらせるには、女が夫を拒めばよい。飾り立て、薄物を着て、誘い、そして応じない。反発が起きる。多くが渋るが、スパルタのランピトーが賛成し、全員が誓いを立てる。誓いはワインの入った大盃を前にして行われる。
同時に、年配の女たちがアクロポリスを占拠したという知らせが入る。国庫がそこに置かれているため、戦費が動かせなくなる。
老人たちの合唱隊が薪と火を持って現れ、門を焼こうとする。女たちの合唱隊が水甕を持って現れ、浴びせかける。役人が武装した弓兵を連れて鎮圧に来るが、女たちに取り押さえられる。
リュシストラテと役人の論争が置かれる。女は国政に口を出すなと言う役人に対し、リュシストラテは毛織りの比喩で答える。羊毛を洗い、絡まりを梳き、悪い部分を取り除いて糸に紡ぐように、国も整理すればよい、と説明する。そして、戦争で失われるのは夫と息子であり、その負担を負うのは女だと述べる。女が婚期を逃せば取り返しがつかないが、男は年をとっても結婚できる、とも言う。役人は女たちに死者の装いをさせられて追い返される。
籠城は続くが、女たちのほうが先に音を上げ始める。口実をつけて家に帰ろうとする者が次々に出る。羊毛を家に置いてきた、亜麻を広げたままだ、産気づいたと言って兜を服の下に入れる者もいる。リュシストラテは全員を引き止める。
若い妻ミュリネと夫キネシアスの場面が置かれる。欲望に耐えかねた夫が子どもを連れて来て、妻を連れ戻そうとする。ミュリネは応じるふりをして、寝台を持ってこよう、次は敷布、枕、香油と、次々に取りに戻り、そのたびに焦らし、最後に姿を消す。
スパルタの使者が到着する。両国とも同じ状態にあることが分かる。和平交渉が始まる。リュシストラテが両国の代表を前に、両者はともに同じ神々を祀り、ペルシアという共通の敵に対して助け合った間柄だと説き、争いをやめるよう求める。
領土の分割は、「和解」という名の女性の姿をした人物の身体になぞらえて、露骨な冗談として交渉される。合意が成立し、双方が宴に招かれる。全員が歌い踊り、アテナイとスパルタの女神を讃えて劇は終わる。