歴史

原題
Historiai
作者
ヘロドトス
成立
前430頃
ギリシャ
時代
古典期

概要

前430年前後に成立した散文の著作である。全9巻。原題の語は「調査・探究」を意味し、ヘロドトスが各地で見聞きしたことを調べて記した、という趣旨で用いられている。この語が後に「歴史」を意味する語になった。

主題はペルシア戦争、すなわち前5世紀前半に、アケメネス朝ペルシアがギリシアに侵攻し、撃退された一連の戦争である。冒頭でヘロドトスは、人間の行いが時とともに忘れられないように、またギリシア人と異民族の偉業が語り継がれるように、そして両者がなぜ戦うことになったのかを示すために、この調査を公にすると述べる。

ただし本の大部分は戦争そのものではない。ペルシアが征服していった諸国の由来をたどる形で、リュディア、エジプト、スキタイ、バビロニアなどの地理・風習・歴史が長大に語られる。第2巻はほぼ全体がエジプトの記述にあてられる。脱線が本文の半ばを占めており、そこがこの本の価値の大きな部分になっている。

記述の姿勢にも特徴がある。伝聞をそのまま記し、複数の説がある場合は並べ、自分は信じないと断ったうえで載せることも多い。

ヘロドトスは前5世紀、小アジアのハリカルナッソスの生まれとされる。当時ペルシアの支配下にあった都市で、ギリシア語圏と東方の境界に位置する。政争により故郷を離れ、各地を旅した。エジプト、黒海沿岸、メソポタミア、南イタリアを訪れたとみられるが、どこまで実際に行ったかは議論がある。

執筆の時期は前440年代から前420年代と推定される。当時のアテナイで、内容の一部を朗読して報酬を得たという伝承が残る。書物が広く流通する以前の時代であり、聴かせるための文章という性格が文体にも表れている。

現在の9巻という区分と、各巻に付された女神ムーサの名は、後のアレクサンドリアの学者による整理である。

文学史における評価と影響

歴史叙述の起源に置かれる著作である。ローマのキケロがこの著者を「歴史の父」と呼んだことから、その呼称が定着した。それ以前の記述は、神々の系譜や都市の起源を語る神話的な形式が中心で、人間の行為の因果を調べて記すという発想はなかった。

同時に、記述の信頼性は古代から疑われてきた。キケロは同じ箇所で、この著者の書には無数の作り話があるとも述べている。後続のトゥキュディデスは、戦史で、聴いて楽しいものより事実の正確さを取る方針を示し、名指しはしないが批判の対象にヘロドトスを含めているとみられる。歴史記述の二つの型が、最初の二人ですでに分かれている。

近代の考古学と東方研究の進展により、評価は上がった。エジプトやスキタイの記述の一部は、発掘や他の史料によって裏づけられている。一方で、明らかな誤りや、伝聞をそのまま記した箇所も多い。現在では、書かれていることの真偽を選別しながら使う史料として扱われ、同時に、各地の伝承を集めた民族誌としての価値が認められている。

文学としての読まれ方も長く続いてきた。挿話の面白さ、人物の造形、対話の使い方は、後の散文に大きな影響を与えた。ペルシア側を単純な悪役として書かず、その制度や習俗に敬意をもって触れる姿勢も、しばしば指摘される。

日本では複数の全訳が読める。長いが、任意の巻から読み始めても支障のない構成になっている。

内容

第1巻は、リュディア王クロイソスの話から始まる。ギリシアの都市を最初に服属させた王として位置づけられ、賢者ソロンとの対話が置かれる。ソロンは、幸福かどうかは死ぬまで分からないと述べる。クロイソスはペルシアのキュロスに敗れ、火刑にされかけたところでソロンの言葉を思い出す。幸運の絶頂にある者が転落するという型が、この本を通じて繰り返される。

続いてペルシアの興起が語られる。キュロスによる征服、その子カンビュセスのエジプト遠征、ダレイオスの即位。第2巻ではエジプトが扱われ、ナイルの氾濫の原因についての諸説、ミイラの作り方、動物崇拝、ピラミッドの建設が記される。第4巻ではスキタイの遊牧の暮らし、埋葬の風習が詳述される。

第5巻以降が戦争の本体になる。小アジアのギリシア人都市の反乱を、アテナイが支援したことがペルシアの遠征の口実になる。第6巻でマラトンの戦い。アテナイ重装歩兵がペルシア軍を破る。

第7巻から第9巻は、ダレイオスの子クセルクセスによる大遠征を扱う。ヘレスポントス海峡に船橋を架け、海が橋を壊すと海を鞭打たせたという挿話が置かれる。テルモピュライでは、スパルタ王レオニダス率いる少数の部隊が狭隘路を守り、裏道を教えた者の裏切りによって全滅する。サラミスの海戦では、テミストクレスの策により狭い海峡に誘い込まれたペルシア艦隊が敗れる。翌年のプラタイアの戦いとミュカレの戦いで、ペルシア軍は退く。

末尾は、キュロスの言葉で締めくくられる。豊かな土地に移り住めば、支配する者ではなく支配される者になる。柔らかい土地は柔らかい人間を生む、という趣旨である。ペルシアが厳しい土地に留まることを選んだ理由として置かれ、栄華と衰退についての本全体の視点を示している。

作者

登場する文学史