戦史

原題
Historiai
作者
トゥキュディデス
成立
前400頃
ギリシャ
時代
古典期

概要

前431年から前404年まで続いたペロポネソス戦争を扱う歴史書である。全8巻。アテナイを中心とするデロス同盟と、スパルタを中心とするペロポネソス同盟の全面戦争で、ギリシア世界の大半を巻き込んだ。

著者トゥキュディデスはアテナイの将軍で、この戦争に従軍した。同時代人による、進行中の戦争の記録である。

方法が冒頭で宣言される。目撃者から聞き取り、証言が食い違う場合は突き合わせて確かめた。聴いて楽しいものではないから面白くないかもしれないが、人間の本性が変わらない以上、将来また同じことが起きたとき役に立つ。この記録は「永遠の財産」として書かれたのであり、その場かぎりの聴衆を喜ばせるためではない、と述べる。

神々の介入は一切書かれない。神託は、人々がそれをどう受け取ったかという事実としてのみ登場する。出来事の原因は、人間の恐怖・名誉・利益に求められる。 この点で、先行するヘロドトス歴史と大きく異なる。

記述には多くの演説が含まれる。著者は、実際に語られた言葉を正確に再現することは不可能だったので、状況が要求したであろう内容に沿って書いた、と断っている。

トゥキュディデスは前460年頃、アテナイの富裕な家に生まれた。トラキアに金鉱の権益を持っていたことが本文から分かる。

前424年、将軍として北方の防衛にあたっていたとき、アンフィポリスをスパルタ軍に奪われた。責任を問われ、二十年の追放処分を受ける。この追放が、この歴史書を可能にした。 本人は、以後は両陣営を自由に往来でき、とくにペロポネソス側の事情を落ち着いて知ることができたと述べている。

戦争が終わった前404年の後、まもなく死去したとみられる。記述が前411年で途切れているのは、そのためと考えられている。死因も没年も分かっていない。

続きは、クセノポンの『ギリシア史』が引き継いでいる。この書の中断した地点から始まる構成になっている。

第8巻には演説が含まれておらず、他の巻と性格が異なる。推敲が及ばなかったためとみる説が有力である。

文学史における評価と影響

歴史記述の方法を確立した著作として扱われる。証言の照合、原因の分析、超自然的な説明の排除。ヘロドトスが各地の伝承を広く集めたのに対し、こちらは一つの戦争に対象を絞り、検証可能なものだけを記す。歴史記述の二つの型が、最初の二人で分かれている。

政治思想の分野では、現在も一次的なテクストとして読まれる。国家の行動を、理念ではなく力の均衡と恐怖から説明する見方は、国際関係論の現実主義(リアリズム)の系譜で出発点に置かれる。台頭する国家が既存の覇権国に恐怖を生じさせ、戦争に至るという図式は、この著作の名を冠して論じられることがある。

メロス対話は、力と正義の関係を扱う文章として、古代の文献の中でも際立っている。著者はどちらの側にも道徳的な評価を下さず、そのまま提示する。アテナイがこの直後にシチリア遠征で破滅する構成に置かれていることから、著者の判断を読み取る解釈は多いが、明示はされていない。

演説の扱いは、この著作をめぐる古典的な論点である。実際の言葉ではないと著者自身が断っており、どこまでが記録でどこからが構成なのかが問われ続けている。それでも、対立する二つの主張を同じ強さで提示する手法は、以後の歴史記述と政治的文章の手本になった。

疫病の記述は、疫病が社会に何をもたらすかの最初期の分析として、繰り返し参照されてきた。

日本では複数の訳が読める。演説の部分は文体が凝縮しており、注釈を要する。

内容

第1巻では、戦争の原因が分析される。表向きの口実——コルキュラをめぐる紛争、ポテイダイアの反乱、メガラへの経済制裁——を並べたうえで、最も真実に近い原因は、アテナイの勢力が拡大し、それがスパルタに恐怖を生じさせたことだと述べる。この一文は、後の国際政治の議論で最も頻繁に引かれる。

第2巻。開戦。スパルタ軍がアッティカに侵入し、アテナイは市民を城壁の内側に収容して海軍で対抗する戦略をとる。開戦一年目の戦没者の国葬で、指導者ペリクレスが追悼演説を行う。アテナイの民主政と市民の生き方を讃え、この国のために死んだことを誇るべきだと説く。この演説は、民主政を擁護する古典的な文章として現在も引用される。

その直後、アテナイに疫病が流行する。城壁内に人口が密集していたことが被害を拡大させた。著者自身も罹患して生還した。症状が医学的な精度で記述され、続いて社会の変化が記される。人々は先の見えない状況で享楽に走り、法も神への畏れも効力を失った。ペリクレスも翌年に死ぬ。

第3巻。反乱を起こしたミュティレネの処遇をめぐり、アテナイの民会で全市民の処刑が決まる。翌日、再審議が行われ、二人の弁論が対立する。クレオンは見せしめの必要を説き、ディオドトスは、慈悲ではなく利益の観点から寛大にすべきだと論じる。決定は覆り、二隻目の船が先発した船に間に合う。同じ巻には、コルキュラの内乱の記述が置かれる。党派の争いの中で言葉の意味が変質し、無謀が勇気と呼ばれ、慎重が臆病と呼ばれるようになる過程が分析される。

第5巻。メロス島との交渉が、対話の形で記される。中立を保っていた小島に、アテナイが服従を要求する。メロス側が正義と神々の加護を訴えると、アテナイ側は答える。正義が問題になるのは力が対等な場合だけであり、強者はなしうることをなし、弱者は忍ばねばならない、と。メロスは拒み、島は陥落し、成人男性は全員処刑され、女子供は奴隷にされた。

第6巻から第7巻。シチリア遠征。アテナイは遠く離れたシラクサへ大艦隊を送る。指揮官の一人アルキビアデスは出発直後に召還を命じられ、亡命してスパルタに走る。遠征は消耗戦になり、援軍を送っても好転しない。最終的に艦隊は港内で壊滅し、陸路撤退する部隊も追撃されて全滅する。生き残りは石切場に押し込められた。

第8巻は前411年の記述の途中で終わる。

作者

登場する文学史