アリストパネス

原綴
Ἀριστοφάνης
生没
前446頃–前386頃
出身
アテナイ
ギリシャ
時代
古典期

生涯

前446年頃、アテナイに生まれた。生涯の詳しいことはほとんど分かっていない。作品の上演記録から、その活動時期が知られる程度である。

活動したのは、アテナイがスパルタと戦ったペロポネソス戦争の時代にあたる。戦争の続くなかで、政治家や将軍を名指しで揶揄する喜劇を書き続けた。

若くして最初の作品を上演している。第二作『バビュロニア人』が、当時の実力者クレオンを激しく攻撃したため、クレオンから訴えられたと伝えられる。それでもアリストパネスは、次の作品でさらにクレオンを叩いた。権力者を笑いの対象にすることをやめなかった。

前386年頃に死去した。晩年の作品は、それまでの過激な政治風刺から、より穏やかな作風へ移っている。

作風

アリストパネスの喜劇は、荒唐無稽な思いつきを出発点にする。一人の市民が突拍子もない計画を立て、それを実行してしまう、という筋が多い。戦争をやめさせるために女たちが団結する、私財を投じて空に鳥の国を建てる、死んだ劇作家を連れ戻しに冥界へ下る。ありえない前提を立て、その内側を大真面目に押し進めることで笑いを作る。

実在の人物を実名で舞台に上げるのが最大の特徴である。政治家クレオン、哲学者ソクラテス、悲劇詩人エウリピデス。同時代の有名人が、そのままの名で登場し、戯画化される。観客はその人物を知っているので、風刺が直接に効く。今日の政治風刺やパロディの、最も古い形にあたる。

笑いは下品と高尚が同居する。性的な冗談、糞尿の笑い、乱暴な悪態が飛び交う一方で、詩や哲学のパロディ、時事問題への鋭い批評も入る。合唱隊が作者に代わって観客に直接語りかける場面(パラバシス)では、真面目な主張が述べられることもある。

反戦の主張が繰り返し現れる。ペロポネソス戦争の長期化を背景に、和平を願う内容の作品を何度も書いた。『女の平和』では、女たちが戦争をやめさせるために夫との関係を拒む同盟を結ぶ。笑劇の形をとりながら、戦争への批判がはっきり込められている。

作品

11篇が完全な形で残っている。古代ギリシャの喜劇で、まとまって伝わるのはこの作家だけである。

『雲(Νεφέλαι)』(前423年)は、ソクラテスを戯画化した作品である。ソクラテスを、屁理屈を教える怪しい教師として描く。プラトンの『ソクラテスの弁明』では、この喜劇が世間のソクラテス像を歪め、後の裁判の遠因になったと語られる。

『女の平和(Λυσιστράτη、リュシストラテ)』(前411年)は、反戦を主題にする。戦争を続ける男たちに対し、女たちが夫婦の関係を拒むことで和平を迫る。

『蛙(Βάτραχοι)』(前405年)は、演劇論を扱う。酒神ディオニュソスが、死んだエウリピデスを連れ戻そうと冥界へ下り、そこでアイスキュロスとエウリピデスの優劣を競わせる。二人の悲劇詩人の作風の違いが、笑いのなかで論じられる。

『鳥(Ὄρνιθες)』は、二人の市民が鳥たちと組んで空中に理想の都市を建てる話である。

日本語では主要な喜劇の訳がある。一篇ずつ短く、当時の固有名詞に注が付いた版で読むと風刺が分かる。

文学史における立ち位置と影響

「旧喜劇」を代表する作家である。前5世紀アテナイの喜劇を、後代の喜劇と区別してこう呼ぶ。実在の人物を実名で攻撃し、政治を正面から扱い、荒唐無稽な着想で構成する。この形式の作品がまとまって残るのはアリストパネスだけで、当時の喜劇を知る唯一の窓口になっている。

同時代のアテナイを伝える資料としても価値が高い。政治の争い、法廷の様子、市民の暮らし、流行の思想。歴史書には残らない日常が、笑いの素材として書き込まれている。

『雲』のソクラテス像は、哲学史でも論点になっている。実在のソクラテスと、喜劇の中で戯画化されたソクラテスがどれだけ違うか。この喜劇が、ソクラテスを危険人物と見なす世論をどれだけ作ったか。プラトンとアリストパネスの描くソクラテスの落差が、繰り返し論じられてきた。

後世の喜劇への影響は、間接的である。実名の政治風刺という旧喜劇の形は、次の時代のメナンドロスらの「新喜劇」——市民の家庭の話を扱う喜劇——に取って代わられた。だが、権力を笑い飛ばすという精神は、後の風刺文学に受け継がれている。

日本での受容は、ギリシャ喜劇への関心のなかで進んだ。『女の平和』は反戦劇として、現代でも上演されることがある。

作品

登場する文学史