第三の書
- 原題
- Le Tiers Livre
- 作者
- フランソワ・ラブレー
- 成立
- 1546
- 国
- フランス
- 時代
- 16世紀
概要
何も起こらない小説である。先行するパンタグリュエルとガルガンチュアには、巨人の誕生、教育、戦争といった出来事があった。この作品にあるのは一つの問いと、それをめぐる四十以上の章にわたる問答だけである。
問いはこうである。パニュルジュは結婚すべきか。
パニュルジュはパンタグリュエルから登場している悪知恵の働く男で、結婚したい。だが妻に裏切られ、殴られ、身ぐるみ剥がされるのではないかと恐れている。そこで確実な答えを求めて相談してまわる。籤占い、夢占い、老いた巫女、口のきけない男、死にかけの詩人、占星術師、神学者、医者、法学者、哲学者、道化。そのすべてが「結婚すれば裏切られる」と答える。 そしてパニュルジュは、そのたびに解釈をねじ曲げて答えを受け取らない。
ラブレーがこの作品から実名で刊行したという事情も、ここに関わる。先の二作は綴りを並べ替えた筆名で出しており、いずれもソルボンヌ(パリ大学神学部)に禁書とされていた。今度は国王フランソワ一世の特認を得たうえで、名を出した。それでもやはり断罪され、ラブレーは身の危険を感じてメスへ逃れている。
前作から十年以上空いたのは、この事情による。宗教改革をめぐる対立が激しくなり、書いたもので命を落としかねない時代になっていた。確実な答えは誰も持っていない、という作品の主題は、この状況から出ている。 真理をめぐって血が流れているのに、権威はそれぞれ違うことを言う。
文学史における評価と影響
ラブレーの作品のなかで最も思想的とされる。
独自性は筋を捨てた点にある。一つの問いが答えられないまま延々と引き延ばされ、その引き延ばし自体が読み物になっている。この構造は、後の小説が事件ではなく思考を扱えるようになる道を開いた。
主題は判断の不可能性である。あらゆる占い、あらゆる専門家が同じ答えを出す。それでもパニュルジュは受け取らない。都合の悪い託宣は読み替えられる。人は自分が聞きたい答えしか聞かない。 相談とは、すでに決めていることの承認を求める行為でしかない、という認識がここにある。
同時に、権威そのものへの諷刺が全体を貫く。神学、医学、法学、哲学が順に俎上に載せられる。とりわけ賽の目で判決を下す裁判官ブリドワの挿話は司法への痛烈な皮肉であり、その判決が長年誰からも苦情を受けなかったという点でいっそう痛烈である。
哲学者トゥルイヨガンが何を聞かれても「かもしれないし、そうでないかもしれない」としか答えない場面は、古代の懐疑論の戯画にあたる。この姿勢は、後のモンテーニュがエセーで掲げる「私は何を知っているか」につながるものとして論じられてきた。
言葉そのものの過剰も、この作品の大きな要素である。専門用語の羅列、造語、際限のない列挙。20世紀に入り、バフチンがラブレーを笑いと民衆文化の観点から論じたことで、この過剰は改めて評価された。
日本では渡辺一夫の全訳が翻訳史の記念碑とされる。原文の造語と語呂合わせを日本語で作り直す試みで、後の翻訳論に影響を与えた。
あらすじ
物語は、パンタグリュエルが新たに征服した地の統治から始まる。ここでパニュルジュが借金の讃美という演説をぶつ。借金こそが世界を結びつけており、負債の連鎖がなければ宇宙は崩壊する、と雄弁に論じる。この逆説がこの作品の調子を示している。
やがてパニュルジュは結婚を考え始める。だが妻に裏切られるのではないかと迷い、パンタグリュエルに相談する。
パンタグリュエルは答える。結婚したければすればよい。 パニュルジュはそれでは納得しない。確実な答えが欲しい。ここからあらゆる占いと権威に問う旅が始まる。
ウェルギリウスによる籤占い。書物を無作為に開き、その行を託宣とする。開かれた行はいずれも不吉である。だがパニュルジュは都合よく読み替える。
夢占い。パニュルジュの夢には角の生えた自分の姿が現れる。当時、妻に裏切られた夫の象徴である。パンタグリュエルは明白だと言うが、パニュルジュは別の解釈を持ち出す。
巫女シビュルを訪ねる。老いた巫女は意味の取りにくい詩句を告げる。やはり不吉に読める。パニュルジュはまた読み替える。
続いて、口のきけない男に身振りで問い、死に瀕した詩人ラミナグロビスに問い、占星術師に問う。
そして専門家が次々に呼ばれる。神学者ヒポタデは信仰と徳を説く。医者ロンディビリスは女性の生理を論じ、身も蓋もない結論を述べる。哲学者トゥルイヨガンは、何を聞かれても「かもしれないし、そうでないかもしれない」としか答えない。法学者ブリドワは自らの裁判の方法を明かす——すべての判決を賽の目で決めている。それで長年、誰からも苦情が出なかったという。
最後に道化トリブレが、パニュルジュに空の酒瓶を渡す。その解釈をめぐって、また議論が起こる。
答えは出ない。
ついに一行は、聖なる酒瓶の神託を求めて船旅に出ることを決める。この航海が次の『第四の書』の主題になる。
末尾には、パンタグリュエリオンという植物(大麻をモデルとする)への長大な讃美が置かれる。この植物がいかに人間の役に立つか。博物学的な記述が突然延々と続き、そこで作品は閉じられる。