吉田兼好
- 生没
- 1283頃–1352頃
- 国
- 日本
- 時代
- 中世
何をやったか
徒然草(一三三〇年頃)を書いた。二百四十余段からなる随筆である。
[[hojoki]]と同じ無常を扱いながら、調子がまるで違う。 軽く、断片的で、時に意地が悪い。有職故実の考証もあれば、説教もあり、失敗談の面白がりもある。
「かくあるべし」と説いた直後の段で正反対のことを言うこともある。一貫した思想の書ではなく、その場ごとの観察と感想の集積である。
有名な段では、花は満開だけを、月は曇りのないものだけを見るものだろうか、と問う。欠けたもの、途中のものにこそ趣があるという美意識で、これは後の日本の美学に長く影響した。
文学史における位置
枕草子・方丈記とあわせて三大随筆と呼ばれる。三つの中で最も新しい。
日本の美意識の形成に与えた影響が大きい。 満開でないもの、完全でないものを尊ぶ感覚は、茶道や庭園を含む後の日本文化の各分野で参照された。
近世以降、教養書として広く読まれた。江戸期の注釈書が多数作られ、庶民にまで浸透した。 三大随筆の中では最も広い読者を得た作品である。
一方で、兼好の伝記的な事実には不明な点が多い。 出自や経歴について後世に作られた伝承が混じっており、断定を避けるべき部分がある。
代表作
- 徒然草(一三三〇年頃)
何から読むか
章段が独立しているので、どこから読んでも成立する。 通読せず、目次から拾う読み方に向いている。
冒頭の「つれづれなるままに」の段と、桜と月の段(第百三十七段)が特に有名である。失敗談や人物観察の段のほうが面白いという読者も多い。