ウラジーミル・ソローキン
- 原綴
- Владимир Сорокин
- 生没
- 1955–
- 出身
- ブイコヴォ(モスクワ近郊)
- 国
- ロシア
- 時代
- 現代
生涯
1955年、モスクワ近郊に生まれた。石油とガスの技術者を養成する大学で学び、技師の資格を得ている。当初は画家、挿絵画家として活動した。モスクワの非公式な前衛芸術の集まりのなかで育っている。
1980年代に小説を書き始めた。当時のソ連では出版に検閲があり、この種の作品はまず通らない。作品は手書きやタイプで写して回し読みする形(サミズダート)で広まるか、国外で出版された。
ソ連崩壊後、作品が公然と出版されるようになる。だがその過激な内容は常に論争を呼んだ。
2002年、政権寄りの青年組織が、ソローキンの作品をポルノだとして糾弾する大がかりな運動を起こした。巨大な便器の形をしたオブジェを路上に置き、そこに彼の本を投げ込むという催しまで行われている。訴訟も起こされたが後に取り下げられた。この騒ぎは、かえって作家の名を高める結果になった。
近年の作品は政治色を強めている。専制と暴力と中世じみた蒙昧が復活した未来のロシアを描くもので、プーチン政権への痛烈な批判と受け取られてきた。2022年のウクライナ侵攻には明確に反対し、現在は国外で暮らしている。
作風
初期のソローキンは、ソ連の公式文学の文体を完璧に真似ることから始めた。社会主義リアリズムと呼ばれる、明るく健全で紋切り型の書き方である。工場で働く労働者、正しい党員、順調に進む建設。読者は典型的なソ連の小説を読んでいると思って読み進める。
ところが、ある地点で突然その世界が崩れる。暴力、狂気、排泄、食人といった光景が噴き出し、それまでの健全さが跡形もなくなる。完璧な模倣と突然の破壊という、この二段構えの手法によって、公式文化のうわべの下にあるものを露わにした。
言葉そのものへの関心が深い。ソローキンにとって文章とは、真似て、分解して、実験する対象である。19世紀の古典、公式文書、大衆小説。既存のあらゆる文体を模倣し、その内側から壊す。この操作が初期の方法だった。
タブーの破壊は徹底している。暴力と性と身体のおぞましい描写を辞さない。読者を不快にさせることが目的の一部であり、権威や神聖とされるものを身体の生々しさによって引きずり下ろす、という意図がある。
近年は作風が変わった。文体の実験から、筋のあるディストピア小説へ移っている。『親衛隊士の日』は、皇帝が君臨し親衛隊が恐怖政治を行う近未来のロシアを描く。中世の様式と最新の技術が奇怪に共存する世界で、ロシアが向かう先への警告として読まれた。
作品
『行列(Очередь)』(1985年)
ほぼ全篇が行列に並ぶ人々の会話だけでできている実験的な作品である。何の行列かは最後まで分からない。
『ロマン(Роман)』(1994年)
19世紀ロシア小説の文体を長々と模倣したうえで、最後にそれを破壊する。
『青い脂(Голубое сало)』(1999年)
クローンとして再生された過去の大作家たちが登場する過激な作品である。過去と未来が入り混じる。
『親衛隊士の日(День опричника)』(2006年)
専制が復活した近未来のロシアを描くディストピア小説である。代表作の一つにあたる。
『吹雪(Метель)』(2010年)
19世紀ロシア文学を思わせる文体で、雪原を進む医師の旅を描く。
日本語では『青い脂』『親衛隊士の日』などが読める。
文学史における立ち位置と影響
ロシアのポストモダン文学を代表する作家である。ペレーヴィンとともに、ソ連崩壊前後の実験的な文学を牽引した。
ソ連の公式文化を内側から解体した点で、初期の仕事は重要である。社会主義リアリズムの文体を完璧に真似てから壊すという手法は、その欺瞞を暴くための鋭い道具だった。この方法は、モスクワ・コンセプチュアリズムと呼ばれる前衛芸術の運動と深く結びついている。
過激さは常に論争を呼んできた。作品はしばしばポルノや冒涜として攻撃される。だがその不快さそのものが、権威を引きずり下ろすための手段だった。
近年のディストピア作品は、予見として注目されている。専制と暴力が回帰する未来のロシアという暗い予測が、その後の現実によって不気味なほど裏づけられた、と受け取られてきた。文学が政治の展開を先取りした例として論じられている。
体制との対立という点でも、ロシア文学の一貫した主題を現代において引き継いでいる。地下の文学から出発し、体制に攻撃され、国外へ出た。国家と作家の緊張は、ソルジェニーツィンからソローキンまで途切れていない。
日本での受容は、現代ロシア文学とポストモダン文学への関心のなかで進んでいる。