アンナ・アフマートワ

原綴
Анна Ахматова
生没
1889–1966
出身
オデッサ近郊(現・ウクライナ)
本名
Анна Горенко
ロシア
時代
銀の時代

生涯

1889年、オデッサ近郊に生まれた。本名はアンナ・ゴレンコという。父が、詩人として家名を名乗ることを嫌ったため、母方の祖先の姓「アフマートワ」を筆名にした。

ペテルブルク近郊のツァールスコエ・セローで育ち、早くから詩を書いた。1910年、詩人グミリョフと結婚する。二人は、象徴主義の曖昧さに反発し、明晰で具体的な言葉を求める「アクメイズム」という運動の中心になった。

1910年代、恋愛を主題にした簡潔で鮮烈な詩によって、若くして名声を得た。

だが、革命がすべてを変えた。1921年、離婚していた元夫グミリョフが、反革命の嫌疑で銃殺される。以後、アフマートワの詩は、次第に発表の場を失っていった。

1930年代、スターリンの大粛清が始まる。1935年、息子レフ・グミリョフが逮捕された。レフはその後も繰り返し逮捕され、長い年月を収容所で過ごすことになる。アフマートワは、息子の消息を求めて、監獄の前の長い列に、来る日も来る日も並んだ。この体験から、代表作レクイエムが生まれる。

作品は長く発表を禁じられた。1946年には、共産党の決議で名指しで非難され、作家同盟から除名される。生活の糧を絶たれ、翻訳の仕事で生計を立てた。

スターリンの死後、ようやく雪解けが訪れる。晩年、その名誉は回復され、国際的にも高く評価された。1965年にはオックスフォード大学から名誉学位を受けている。1966年、七十六歳で死去した。

作風

アフマートワの詩は、簡潔で、具体的である。

初期の恋愛詩から、その特徴は明確だった。感情を、抽象的に語らない。一つの情景、一つの仕草、一つの物によって、感情を提示する。手袋を左右間違えてはめる、という細部が、別れの動揺を伝える。この事物によって心情を示す方法が、アフマートワの詩の核にある。象徴主義の霧のような曖昧さを退け、輪郭のはっきりした言葉を選んだ。

抑制が、その詩を貫いている。どれほど深い悲しみも、叫びとしてではなく、静かで、張り詰めた言葉で語られる。感情を高ぶらせず、しかしそれゆえに、かえって強く迫る。

後期、その簡潔な詩は、個人の恋愛から、時代の悲劇へと対象を広げる。レクイエムは、大粛清の時代を記憶するために書かれた。息子を奪われた母の悲しみが、同じ苦しみを負う無数の母たちの悲しみと、重ね合わされる。

この作品は、書き留めることができなかった。書けば、それが証拠となって、さらなる迫害を招く。アフマートワは、詩を紙に書かず、信頼できる少数の友人に暗記させて、記憶のなかだけで保存した。彼らが記憶し、口伝えで伝えることで、詩は生き延びた。書くことが死につながる時代に、記憶が詩を守った。

『レクイエム』の序文で、アフマートワは、監獄の列で自分に「あなたはこれを書けますか」と問うた女性のことを記している。書ける、と答えた。書くこと、記憶することが、その時代における抵抗の形だった。

作品

『夕べ』(1912年)、『数珠』(1914年)は、初期の恋愛詩集である。若くしての名声を確立した。

レクイエム(1935〜40年に執筆、公刊は1963年に国外で、ソ連国内では1987年)

代表作である。大粛清の犠牲者と、その家族の悲しみを歌った連作詩にあたる。

『主人公のいない叙事詩』

後半生をかけて書き継がれた大作である。ペテルブルクの過去を回想し、失われた時代と友人たちを悼む。

日本語では詩の抄訳と、『レクイエム』の訳がある。

文学史における立ち位置と影響

アフマートワは、20世紀ロシア詩を象徴する存在である。銀の時代に出発し、革命、粛清、戦争を生き抜き、その全時代を、詩によって見届けた。

同時代の詩人たちの多くが、悲劇的な最期を迎えた。夫グミリョフは銃殺され、マンデリシタームは収容所で死に、ツヴェターエワは自死し、マヤコフスキーも自死した。そのなかで、アフマートワは生き延び、彼らを記憶し、証言する役割を担った。破壊された銀の時代の生き残った証人だった。

レクイエムは、国家によるテロルを、その内側から記憶した作品として、比類のない位置を占める。公式には存在を消された犠牲者たちを、詩が記憶に留めた。文学が、権力の抹消に抗って記憶を守る、という営みの最も明確な例の一つにあたる。

記憶によって詩を保存したという事実そのものが、この作家の位置を特徴づける。書物として存在できない時代に、人間の記憶が、詩を伝える媒体になった。

後進への影響も大きい。ブロツキーは、若い頃にアフマートワの知遇を得て、その薫陶を受けた。アフマートワを通じて、銀の時代の伝統が次の世代へ受け継がれた。

日本での受容は、『レクイエム』の翻訳を中心に進んだ。抑圧と抵抗の詩人として、また、20世紀ロシアの悲劇の証人として読まれている。

作品

登場する文学史