リュドミラ・ウリツカヤ

原綴
Людмила Улицкая
生没
1943–
出身
ダヴレカノヴォ(バシキール自治共和国・現バシコルトスタン共和国)
ロシア
時代
現代

生涯

1943年、第二次大戦下のソ連で、疎開先のバシキールに生まれた。ユダヤ系の知識人の家系である。祖父たちはスターリン時代に弾圧を経験している。この家族の記憶が、後の作品の背景にある。

モスクワ大学で生物学を学び、遺伝学者になった。だが勤めていた研究所で、検閲を通らない文章を写すをタイプで打っていたことが発覚し、職を失う。これが科学から文筆へ向かうきっかけの一つになった。

長く劇場の文芸部で働き、脚本を書きながら過ごしている。小説を本格的に発表し始めたのは五十歳近くになってからである。ソ連が崩壊して自由に書けるようになった時期と、その出発は重なっている。

1990年代以降、次々に長篇と短編を発表して高い評価を得た。ロシアの主要な文学賞を女性として初めて受賞するなど、現代ロシアを代表する作家の一人になっている。作品は多くの言語に訳された。

政治的にはプーチン政権を明確に批判し続けてきた。人権と表現の自由のために発言を重ねている。近年はその立場ゆえにロシア国内での活動が困難になり、国外で過ごしている。

作風

ウリツカヤが書くのは、20世紀のソ連を生きた普通の人々の運命である。

戦争、粛清、体制の抑圧といった巨大な出来事は、直接には前面に出ない。だが常に背景にあって、登場人物の私生活を静かに、しかし決定的に決めている。書かれるのは、その大きな歴史のなかで人々がどう愛し、家族を作り、生き延びたかという生活の話にあたる。

とくに女性の運命に目が向けられる。抑圧的な社会のなかで、女性たちがどうしたたかに生きたか。その日常の細部が、共感をこめて描かれる。

ユダヤ系の主題も重要である。自身の出自を反映して、ソ連社会におけるユダヤ人の微妙な立場が繰り返し扱われる。同化するか、伝統を守るか、そして差別をどうやり過ごすか。

科学者としての経歴も作品に出ている。人間を生き物として冷静に観察する視線がある。ただしその観察は冷たくない。人間の弱さや愚かさを包み込む寛容さが、筆致に一貫している。

物語る力が豊かである。実験的な手法よりも、読者を引き込む確かな語りによって書く。多くの人物が登場し、その運命が絡み合う大きな物語を組み立てる。この技術が作品の魅力になっている。

作品

『ソーネチカ(Сонечка)』(1992年)

本ばかり読んで過ごしてきた地味な女性の生涯を描いた中編である。この作品が名を広めた。

『メデイアとその子供たち(Медея и её дети)』(1996年)

クリミアに住む一人の女性を中心に、その大きな一族の歴史を描く。

『クコツキイ医師の症例(Казус Кукоцкого)』(2001年)

ソ連の遺伝学と医療をめぐる医師とその家族の物語である。ロシア・ブッカー賞を受けた。

『通訳ダニエル・シュタイン(Даниэль Штайн, переводчик)』(2006年)

実在の人物に基づく。ユダヤ人でありながらカトリックの修道士になった男の生涯を、書簡や証言を積み重ねる形で描く。

日本語では『通訳ダニエル・シュタイン』などが読める。

文学史における立ち位置と影響

ソ連崩壊後の現代ロシア文学を代表する作家の一人である。

歴史を私生活の側から描く点で独自の位置を占める。ソ連という時代を、政治や思想の物語としてではなく、そこで暮らした人々の生活の物語として書いた。この下からの視点は、アレクシエーヴィチが証言を集めて構成する方法とも通じる。どちらも公式の歴史の裏にある無名の生を掬い上げている。

女性作家としての成功も意味を持つ。男性が中心だったロシア文学の伝統のなかで、女性の視点から女性の運命を描く文学を確立した。現代ロシアの女性作家たちの先駆にあたる。

伝統的な物語の技術を現代において成熟させた点も評価される。ペレーヴィンソローキンのような実験的な作家とは対照的に、読みやすく厚みのある物語を書く。この物語への信頼が、作品を広い読者に届けている。

政治的な発言も活動の一部である。政権を批判し人権のために声を上げる姿勢は、ロシアにおける作家の社会的な役割の伝統を受け継いでいる。

日本での受容は翻訳を通じて進みつつある。現代ロシアを代表する作家として紹介されている。

登場する文学史