ヴィクトル・ペレーヴィン

原綴
Виктор Пелевин
生没
1962–
出身
モスクワ
ロシア
時代
現代

生涯

1962年、モスクワに生まれた。工科系の大学で学び、技師の資格を得ている。文学の専門教育は受けていない。

ソ連末期からペレストロイカの時期にSF的な短編を書き始めた。ソ連が崩壊した1990年代前半に作家として頭角を現す。旧来の価値がすべて崩れ、混乱と拝金主義が渦巻いていた時期にあたる。そのめまぐるしい現実を独自の作風で捉えたことで、若い読者から熱狂的に支持された。

作品は次々にベストセラーになった。だが本人は公の場にほとんど姿を現さない。取材を避け、写真もめったに出さない。この徹底した隠遁ぶりが、かえってその存在を神秘的なものにしている。実在しないのではないか、という冗談が語られるほどである。

仏教、とくに禅に深い関心を持つ。その思想を作品の骨格に据えている。

現在もほぼ毎年新作を発表し続けている。現代ロシアで最も読まれる作家の一人であり続けている。

作風

ペレーヴィンが書くのは、現実と虚構の区別が崩れる世界である。

その根底に仏教的な世界観がある。確かな現実だと思っているものは実は幻にすぎない、という考え方である。登場人物はしばしば、自分がいる世界が本物なのか、誰かの見ている夢や幻覚なのかを疑う。この足場のなさが繰り返し描かれる。

そこにソ連とその後の現実が重ねられる。共産主義という壮大な作り話が崩れ、今度は資本主義と広告とメディアという新しい作り話がそれに取って代わる。次々に虚構が入れ替わっていく現代ロシアが、諷刺の対象になる。

『チャパーエフと空虚』がその代表である。ロシア内戦期の赤軍の英雄チャパーエフが、ここでは禅の師のような人物として現れる。その物語と、現代の精神病院の物語とが交錯する。主人公は二つの時代を行き来し、どちらが現実なのか分からなくなる。歴史も自分自身も、確かな基盤を持たない。

『ジェネレーション“P”』はソ連崩壊後の広告業界を舞台にする。広告とメディアによって現実そのものが作られていく世界で、テレビに映る政治家さえコンピューターで作られた映像かもしれない、という設定になっている。1999年の作品である。

文体は軽妙で諧謔に満ちている。ポップカルチャー、広告の文句、薬物、コンピューター、そして仏教の教理が混然と入り混じる。高尚なものと俗なものの境目がない。この雑食ぶりと速度が作品の魅力になっている。

作品

『オモン・ラー(Омон Ра)』(1992年)

ソ連の宇宙開発の裏側を描いた諷刺的な中編である。英雄的な宇宙飛行が実は壮大なまやかしだった、という設定を持つ。

『虫の生活(Жизнь насекомых)』(1993年)

登場人物が人間でもあり虫でもある、という二重の世界を描く。

『チャパーエフと空虚(Чапаев и Пустота)』(1996年)

代表作である。主人公の姓プストターは「空虚」を意味し、仏教の「空」にも掛かっている。

『ジェネレーション“P”(Generation «П»)』(1999年)

広告業界を舞台に、メディアが現実を作る世界を諷刺する。

以後もほぼ毎年新作を発表している。

日本語では『チャパーエフと空虚』などが読める。

文学史における立ち位置と影響

ソ連崩壊後のロシア文学を代表する作家の一人である。

1990年代の現実を捉えた点でその位置は際立っている。旧来の価値がすべて崩れ、何が現実なのか分からなくなった時代。その感覚を、現実と虚構が溶け合う作風によって書き留めた。同時代の若い読者が熱狂したのは、そこに自分たちの生きている感覚を見つけたからである。

ロシアにおけるポストモダン文学の代表とされる。現実の不確かさ、メディアによる現実の構築、そして何もかもを諷刺の対象にする軽さ。これらは世界的なポストモダン文学の特徴と通じる。ただしそれが仏教の世界観と結びついている点が独自にあたる。

ソローキンとともに現代ロシアの実験的な文学を代表する。この二人はしばしば並べて論じられ、伝統的な物語を書くウリツカヤとは対照的な方向にある。

メディアと現実の関係についての洞察は予見的だった。情報が現実を作り、本当と嘘の境目が曖昧になるという状況は、その後、世界中で現実のものになっている。

日本での受容は、ポストモダン文学と現代ロシア文学への関心のなかで進んでいる。

登場する文学史