アルチュール・ランボー
- 生没
- 1854–1891
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
何をやったか
十代で詩を書き、二十歳前後で文学を完全に捨てた。 その後アフリカで武器商人として働き、一八九一年に三十七歳で没している。文学に関わったのは五年に満たない。
十六歳でポール・ヴェルレーヌに手紙を送り、パリに出た。二人は関係を持ち、各地を放浪し、一八七三年にブリュッセルでヴェルレーヌがランボーを銃で撃つ事件に至る。ヴェルレーヌは投獄された。その直後に書かれたのが地獄の季節である。
詩論は「見者(ヴォワイヤン)の手紙」に書かれている。詩人はあらゆる感覚を意識的に錯乱させることで未知に到達する、という主張である。「私とは一個の他者である」という一文が知られている。
文学史における位置
シャルル・ボードレールから始まる象徴主義の系譜にあり、その最も過激な地点に立つ。
詩の言語を意味の伝達から切り離す方向を極端に押し進めた。『イリュミナシオン』では、統辞も文脈も断ち切られたイメージが並ぶ。この方向はステファヌ・マラルメと合流し、二十世紀の詩の出発点になる。
二十世紀に入って評価が急上昇した。特にシュルレアリスムの面々は、理性の統制を外すという点でランボーを先駆として位置づけている。
若くして書き、突然やめたという生涯そのものが伝説化しており、詩人像として後世に強い影響を与えた。ただし、なぜ文学を捨てたのかについては定説がなく、断定は避けるべきである。
代表作
- 地獄の季節(一八七三年)— 自ら刊行した唯一の作品
- 『イリュミナシオン』(一八八六年刊)— 散文詩集。ヴェルレーヌが世に出した
- 「酔いどれ船」(一八七一年)— 初期の代表的な詩篇
何から読むか
短いので分量の負担はないが、意味を追おうとすると行き詰まる。 イメージの連なりとして読む姿勢に切り替える必要がある。
地獄の季節は自伝的な要素があり、まだ筋が追いやすい。『イリュミナシオン』はさらに断片的である。
対訳や註の充実した版を選ぶと、固有名詞や当時の事情が補える。
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- 関連する思潮: 象徴主義
- 関係の深い詩人: ポール・ヴェルレーヌ