ジョリス=カルル・ユイスマンス
- 原綴
- Joris-Karl Huysmans
- 生没
- 1848–1907
- 出身
- パリ
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
生涯
1848年、パリにオランダ系の家系に生まれた。役所に長く勤めながら小説を書いた。はじめはゾラに師事し、自然主義の一員として、庶民の平凡な生活を暗い筆で描いた。
やがて自然主義に飽き足らなくなり、1884年、『さかしま』を発表して、大きく方向を変えた。現実の描写を離れ、人工の美を極限まで追う、この特異な小説は、世紀末デカダンス文学の聖典となった。
その後、精神の遍歴は続いた。悪魔崇拝の世界を探ったのち、しだいにカトリックの信仰へと傾いていった。晩年は修道院に近い生活を送り、中世キリスト教の美術や神秘思想を主題にした作品を書いた。1907年に没した。
作風
ユイスマンスの文体は、稀語や凝った表現をちりばめた、濃密で技巧的なものである。ありふれた言葉を避け、宝石をちりばめるように、珍しい言葉と精緻な描写を積み重ねる。この人工的に磨き上げられた文章そのものが、その美学を体現している。
代表作『さかしま』が示すのは、自然に背を向け、人工の美を追う退廃の美学である。主人公は、俗世を嫌い、屋敷にこもって、稀覯本、香水、宝石、倒錯した趣味の世界に沈潜する。健康な生よりも、病的で洗練された美を選ぶ、この「デカダンス(退廃)」の感覚が、世紀末の芸術の気分を代表した。
信仰への回心のあとも、その美への傾倒は変わらなかった。関心は、人工の美から、中世キリスト教の荘厳な芸術と神秘へと移ったが、俗なる現実を超えた美を求める姿勢は一貫している。
作品
『さかしま(À rebours)』(1884年)
俗世を嫌う貴族デ・ゼッサントが、郊外の屋敷にこもり、人工の美だけに囲まれて暮らすさまを描いた小説である。筋らしい筋はなく、稀覯本や宝石、香水をめぐる主人公の趣味が、章ごとにつづられる。ラテン語の頽廃期の文学、画家ギュスターヴ・モローやルドンの絵、マラルメやヴェルレーヌの詩といった、主人公の偏愛の対象が次々に論じられる。当時まだ評価の定まらなかったこれらの詩人を賞賛したことで、この小説は彼らの名を広める役割も果たした。自然を退け、洗練の極致を追うこの作品は、世紀末デカダンス文学の代表作となった。師のゾラは、弟子が自然主義に背を向けたこの作を、運動への打撃と受け止めたとされる。
『彼方(Là-bas)』では、中世の悪魔崇拝を主題とし、回心後の『大伽藍(La Cathédrale)』では、シャルトル大聖堂の象徴世界を描いた。デカダンスから信仰への遍歴が、作品にたどられている。
文学史における立ち位置と影響
ユイスマンスは、世紀末デカダンス文学を代表する作家として文学史に名を残す。とりわけ『さかしま』は、自然主義への反逆であると同時に、人工と洗練を美とする、新しい感受性の宣言だった。この作品は、ヨーロッパ全体の世紀末の芸術に、深い影響を与えた。
イギリスのワイルドが『ドリアン・グレイの肖像』のなかで登場人物を惑わす「黄色い本」は、この『さかしま』を指すとされる。デカダンスの感覚は、国境を越えて広がった。
自然主義からデカダンス、そして信仰へと大きく転じたその生涯そのものが、十九世紀末のヨーロッパの精神の揺れを映している。時代の気分を最も鋭く体現した作家の一人とされる。