プリーモ・レーヴィ

原綴
Primo Levi
生没
1919–1987
出身
トリノ
イタリア
時代
20世紀以降

生涯

1919年、トリノのユダヤ系の家に生まれた。トリノ大学で化学を学ぶ。卒業した1941年には人種法が施行されており、学位記には「ユダヤ人種」と記載され、就職も制限された。

1943年、イタリアが降伏してドイツ軍が北部を占領すると、山岳地帯のパルチザン部隊に加わった。だが活動を始めてまもなく捕らえられる。パルチザンとして銃殺されるよりはと考えてユダヤ人であることを申告し、収容所へ送られた。

1944年2月、アウシュヴィッツに到着した。同じ列車でイタリアから送られた六百五十人ほどのうち、生還したのは二十数人とされる。レーヴィは化学者としての技能があったために合成ゴム工場の実験室に配属され、それが生存の一因になった。1945年1月、赤軍の接近によってドイツ軍が撤退した際、猩紅熱で医務室にいたため置き去りにされ、生き延びている。

解放後、トリノへ帰り着くまでに九か月かかった。東欧を延々と迂回する旅で、後に『休戦』に書かれる。

戦後は塗料工場の化学者として働き続けた。作家専業になるのは1975年に退職してからである。1987年、トリノの自宅の階段から転落して死去した。67歳だった。自殺とする見方が一般的だが、事故説もあり決着していない。四十年後に収容所が彼を殺したという語り方が広く流布したが、晩年に鬱の治療を受けていたことなど複数の要因が指摘されており、単純化には注意が要る。

作風

レーヴィは、極限状況を化学者の眼で記述した。

これが人間かの文体は、証言文学のなかで特異である。告発しない。ナチスを罵倒せず、憎悪を表明しない。感傷にも流れない。悲惨を強調して読者の同情を引く書き方をしない。何が起き、人がどう変わり、なぜそうなったかを、現象として記述する。人間が極限でどう変質するかを、実験の観察記録のように書く。

この方法によって、かえって内容が強く届く。感情を煽られない読者は、書かれている事実そのものと向き合うことになる。

レーヴィが提示した概念に「灰色の領域(zona grigia)」がある。加害者と被害者という二分法では収容所は理解できない、という指摘である。囚人でありながら他の囚人を管理させられた者(カポ)、ガス室の死体処理を担当させられたユダヤ人(ゾンダーコマンド)、わずかな特権と引き換えに協力した者。彼らを単純に裁くことはできない。生きるために協力せざるを得ず、そして協力した。

もう一つの認識は、証言の限界に関わる。本当に沈んだ者は語れない、とレーヴィは書いた。証言できるのは生き延びた者だけであり、生き延びた者はどこかで特権的な位置にいた。つまり最も苛酷な体験をした者の証言は、原理的に存在しない。この認識が、彼の書き方に独特の慎重さを与えている。

科学と文学を分けない書き手でもあった。元素の性質から人生を語り、化学の実験を物語として書く。収容所の作家として括られることには、本人が抵抗を示していた。

作品

これが人間か(1947年)

アウシュヴィッツでの十一か月を書いた記録である。初版はほとんど売れなかった。小さな出版社から二千五百部ほど出たもので、大手からは断られている。1958年の再刊で広く読まれるようになった。

『休戦』(1963年)

解放後に故郷トリノへ帰るまでの九か月を書いたものである。悲惨さより、人間の可笑しさと旅の奇妙さが前面に出る。

『周期律』(1975年)

元素の名を各章の題にした自伝的短篇集である。化学と人生を重ねる構成をとる。イギリスの王立研究所の投票で「史上最高の科学書」に選ばれたことがある。

『溺れるものと救われるもの』(1986年)

最後の著作で、「灰色の領域」を含む四十年後の思索を収める。記憶がどう変質するか、証言がどう受け取られるかを扱う。

小説やSF風の短篇も書いている。『天使の蝶』などがそれにあたる。

文学史における立ち位置と影響

レーヴィはホロコースト証言文学の中心にいる。ツェランが詩の側から同じ問題に取り組んだのに対し、レーヴィは散文で、記述という方法を選んだ。

シャラーモフの『コルイマ物語』と並べて論じられることが多い。レーヴィは、人間性は極限でも完全には失われず、理解し記述し伝えることに意味があるという立場をとる。シャラーモフは、人間は簡単に壊れ、収容所の経験には何の意味も教訓もないと書いた。どちらが正しいという問題ではなく、証言文学がどうあり得るかをめぐる二つの極として扱われる。

イタリア文学のなかでは特異な位置にいる。職業作家ではなく、文学的な流派に属さない。そのため長く「作家」として扱われない時期があった。今日では20世紀イタリア文学の最重要作家の一人とされる。

日本では大岡昇平と並べて論じられることがある。極限状況の体験を分析の対象として書いたという共通点による。

作品

登場する文学史