ベルンハルト・シュリンク
- 原綴
- Bernhard Schlink
- 生没
- 1944–
- 出身
- ビーレフェルト近郊ゲンメリンゲン
- 国
- ドイツ
- 時代
- 戦後
生涯
1944年、ビーレフェルト近郊に生まれた。父は神学者で、告白教会に属していたためナチス期に教職を追われた。告白教会は、ナチスの統制下に入ることを拒んだプロテスタントの一派である。
ハイデルベルクとベルリンで法律を学び、法学者になった。ボン大学、フランクフルト大学で教え、1992年からベルリン・フンボルト大学の公法・法哲学の教授を務めた。並行して、ノルトライン=ヴェストファーレン州の憲法裁判所の裁判官も務めている。
1987年、推理小説『ゼルプの裁き』で作家として出発した。私立探偵ゼルプを主人公にする連作で、この探偵はナチス期に検事だったという過去を持つ。
1995年の朗読者が国際的な成功を収めた。ドイツ語圏だけでなく英語圏で大きく読まれ、アメリカでは大部数のペーパーバックになった。2008年に映画化されている。
現在も執筆を続けている。
作風
シュリンクが扱うのは、戦後世代が親の世代の加害とどう向き合うかである。
自身が1944年生まれであり、犯罪に関与しようのない年齢だった。だが親の世代がそれを行い、あるいは黙認した。その事実を知ったとき、次の世代は何をすべきか。この問いが作品の中心にある。
法学者としての訓練が出ている。法的な責任と道徳的な責任のずれ、時効、量刑、証拠の扱いが、物語の骨格として使われる。人が罪をどう認定されるかという手続きそのものが主題になる。
同時に、その手続きが真実に届かない事態も書かれる。朗読者では、被告が自分に不利な証言を否定できない事情を抱えている。それを言えば刑は軽くなるが、その被告は言わない。裁判は事実に基づいて進み、そして事実を取り逃がす。
文体は平明である。短い文が続き、修辞が少なく、感情の説明を避ける。法律文書に近い簡潔さを持つと評されることもある。読みやすさが国際的な普及の理由になった。
一人称の回想がよく用いられる。語り手が過去の出来事を後から振り返り、当時は分からなかったことを説明する。理解が遅れて訪れるという構造が、主題と対応している。
作品
『ゼルプの裁き』(1987年)
共著による推理小説である。以後、『ゼルプの欺瞞』『ゼルプの殺人』と続く三部作になった。
朗読者(1995年)
代表作である。1950年代の西ドイツ。十五歳の少年ミヒャエルは、二十一歳年上の女性ハンナと関係を持つ。ハンナは会うたびに本を朗読させることを求めた。ある日、理由も告げずに姿を消す。
数年後、法学生になったミヒャエルは、傍聴した裁判の被告席にハンナを見る。ハンナは強制収容所の看守だった。教会に閉じ込められた囚人たちが火災で死んだ事件について、他の被告たちは責任をハンナに押しつける。決め手は、報告書を書いたのが誰かという点だった。ハンナは筆跡鑑定を拒み、報告書は自分が書いたと認める。
ミヒャエルは気づく。ハンナは文字が読めないのだ。それを隠すために、より重い罪を引き受けている。ミヒャエルは法廷で告げるかどうか迷い、告げない。ハンナは無期懲役になる。
服役中、ミヒャエルは朗読を録音したテープを送り続ける。ハンナはそれを手がかりに文字を覚える。仮釈放の前日、ハンナは自死する。
『帰郷者』(2006年)、『週末』(2008年)、『階段を下りる女』(2014年)などの長篇がある。
『過去の責任』(2007年)
法学者としての論考である。
日本語では『朗読者』が読める。
文学史における立ち位置と影響
朗読者は、ドイツ語文学のなかで最も広く国際的に読まれた戦後の作品の一つである。
ホロコーストを扱う文学のなかでは、加害の側から書いた点に特徴がある。レーヴィやツェランが被害の側から書いたのに対し、この作品は加害者を愛してしまった者の視点をとる。第二世代の問題として枠組みを作った。
同時に、この作品には強い批判もある。ハンナが読み書きできないという設定が、加害の責任を能力の欠如へ還元しているのではないか、という指摘である。読者がハンナに同情するように書かれていること自体が問題だ、という論もある。この批判は英語圏でとくに強く出された。
ドイツ国内でも議論を呼んだ。加害の記憶を、個人的な恋愛の物語として消費可能にしたという評価がある一方、第二世代の当惑を正確に書いたという評価もある。この対立は決着していない。
映画版(2008年)の成功が、作品の受容をさらに広げた。同時に、映画がハンナへの同情をより強めたという指摘もあり、原作と映画を区別して論じる必要がある。
法学者が小説を書いたという経歴も、しばしば言及される。法と文学の関係を扱う議論で参照されることがある。
日本では『朗読者』が広く読まれ、映画とともに知られている。