作者
巴金
成立
1933
中国
時代
近現代

概要

1931年から翌年にかけて上海の新聞に連載され、1933年に単行本として刊行された長篇小説である。続篇『春』『秋』と合わせて「激流三部作」と呼ばれる。

舞台は1920年前後の四川省成都。高という官僚の家に、四世代が同居している。頂点にいるのは祖父の高老太爺で、一族の全員がその決定に従う。

中心にいるのは三人の兄弟である。長男の覚新は、家を継ぐ立場から自分の望みをすべて諦める。次男の覚民は反発しつつ現実的に立ち回る。三男の覚慧は新思想に触れ、家を出る道を選ぶ。同じ家に育った三人が、それぞれ別の対応をとる。

背景には五四運動がある。1919年に始まった学生運動を機に、民主と科学、個人の解放、家族制度の否定が若い世代の主張になった。この作品は、その主張を小説の形で提示している。

巴金は1904年、四川省成都の官僚の家に生まれた。本名は李堯棠。作中の高家は、自身の生家に近い。 大家族の中で育ち、長兄が家を継いで苦しむ様子を間近に見ている。

十代でアナキズムに触れ、1927年にフランスへ渡った。筆名の由来については、バクーニンとクロポトキンの音から取ったという説明が流布しているが、本人は後年、バクーニンとは関係がなく、別の人物の名に由来すると述べている。

執筆の直接の動機は、長兄の死にある。連載開始の直後、長兄が自殺した。覚新の造形はこの兄をもとにしており、書いている最中に当人が死んだことになる。 巴金は後の序文で、この作品を兄に捧げると記している。

刊行後、若い読者から大量の手紙が届いた。同じような家に苦しむ者が、この小説を読んで家を出たという報告が多く寄せられたと伝えられる。

中華人民共和国の成立後、巴金は文学界の要職に就いたが、文化大革命では批判の対象となり、妻を失った。晩年に『随想録』を書き、その時期の自分の言動を含めて省察している。2005年に死去した。

文学史における評価と影響

五四運動以後の中国文学を代表する作品の一つである。旧家族制度への批判を主題とし、青年層に広く読まれた。

構図は明快である。祖父の権威、決められた結婚、迷信、女中の身分。それらが具体的な死として現れる。鳴鳳、梅、瑞珏——死ぬのはいずれも若い女性である。 制度の負担がどこに集中するかが、この配置に示される。

三兄弟の書き分けが、この作品の骨格をなす。覚慧が家を出る結末は解放として提示されるが、作品の重心はむしろ覚新にある。抵抗せず、すべてを受け入れ、その結果として愛する者を次々に失う人物が、最も長く描かれる。批判の対象でありながら、同情をもって書かれている。

文体は平明で、修辞が少ない。技巧の面では魯迅張愛玲に及ばないという評価もある。一方で、その平明さが広い読者を得た理由でもある。

中国では長く教科書と読書指導の定番であり続けた。映画・テレビドラマ・舞台への翻案も繰り返されている。

系譜としては、紅楼夢との比較が行われる。大家族の内部を舞台に、多数の人物を配し、家の衰退を描く点で共通する。ただし紅楼夢が失われていく世界を惜しむのに対し、この作品はその崩壊を求める。同じ素材から、逆向きの感情が書かれている。

日本でも訳が読める。三部作の第一部だけで完結して読める構成にあたる。

あらすじ

高家の長男覚新は、学業を続けて留学することを望んでいたが、中学を出たところで父に家業を継ぐよう命じられる。従妹の梅と互いに想い合っていたが、母親同士の不和と占いを理由に縁組は成らず、抽選で決められた瑞珏という娘と結婚させられる。覚新は反対せず、すべてを受け入れる。「作揖主義」——頭を下げて従うこと——と自ら呼ぶ生き方である。

三男の覚慧は、学生運動に加わり、新聞を作り、家の外の世界に触れている。祖父から外出を禁じられても従わない。家の女中の鳴鳳と互いに好意を持っている。

次男の覚民には、祖父が一方的に縁談を決める。覚民は家を出て身を隠し、覚慧が協力する。一族が騒ぐ中、祖父は病に倒れ、この縁談は取り消される。兄弟のうち、抵抗した者だけが結婚を免れる。

女中の鳴鳳には、六十を過ぎた馮楽山という有力者の妾になる話が持ち上がる。祖父の決定であり、拒む余地はない。鳴鳳は覚慧に助けを求めようとするが、覚慧は執筆に追われて話を聞かない。その夜、鳴鳳は湖に身を投げる。代わりに別の女中が送られる。

覚新の妻となった瑞珏は、覚新と梅の関係を知りながら、梅を受け入れる。梅は嫁ぎ先で寡婦となって実家に戻っており、病を得て若くして死ぬ。

祖父の高老太爺が死ぬ。葬儀の最中、瑞珏の出産が近づく。一族の年長者たちは、死者の霊が産に障るという迷信を持ち出し、妊婦を城外へ移すよう要求する。覚新は反対せず、従う。瑞珏は粗末な家に移され、難産の末に死ぬ。扉一枚を隔てて、覚新は最後まで妻に会えない。

覚慧は家を出る決意をする。覚新は今度は弟を止めず、旅費を工面する。覚慧は上海へ向かう船に乗る。流れる水を見ながら、この水は戻らないと考えるところで作品は終わる。

作者

登場する文学史