ルネサンス人文主義
- 発祥
- フランス
- 年代
- 1500–1600
- 広がり
- 2 か国 / 8人
イタリアから広がった人文主義は、聖書やアリストテレスを注釈越しにではなく原典で読むことを説いた。その姿勢が、やがて人間そのものへの関心に向かう。
この時期の書き手は選択を迫られた。格の高いことを書くならラテン語で書くのが当然だった時代に、あえて自国語で書くかどうかである。トマス・モアはユートピアをラテン語で書いたが、フランスでは一五四九年にジョアシャン・デュ・ベレーが『フランス語の擁護と顕揚』を発表し、フランス語を古典語の高さまで鍛えよと主張した。
ミシェル・ド・モンテーニュのエセー(一五八〇年)は、この運動が到達した一つの極である。主題は自分自身であり、結論を出さず、矛盾したまま並べる。宗教戦争で人が殺し合う時代に、判断を留保することを一つの態度として提示した。