フィリップ・シドニー

- 原綴
- Philip Sidney
- 生没
- 1554–1586
- 出身
- ケント州ペンズハースト
- 国
- イギリス
- 時代
- ルネサンス
生涯
1554年、ケント州の名門貴族の家に生まれた。宮廷につかえる廷臣であり、大陸を旅して各国の学者や文人と交わった教養人であり、同時に軍人でもあった。学問・武芸・礼節を兼ね備えたルネサンスの理想の紳士として、当時から名を知られていた。
1586年、新教徒を助けてスペインと戦うオランダの戦場で、腿に銃創を負い、傷がもとで三十一歳で世を去った。負傷して水を求めたとき、より重傷の兵士に譲ったという逸話が伝えられ、理想の騎士の像をいっそう強めた。作品はいずれも存命中には印刷されず、死後に刊行された。
作風
宮廷の文化を背景に、恋愛を主題とするソネット、羊飼いに仮託した牧歌的な物語、そして詩論など、複数の形式を手がけた。とりわけ、決まった数のソネットを連ねて一つの恋の物語を織りなす連作の形を、英語で本格的に定着させた。
作品
『アストロフェルとステラ(Astrophil and Stella)』は、星を見る者アストロフェルが、星ステラへの叶わぬ恋を百余篇のソネットに歌った連作である。英語で書かれた最初の本格的なソネット連作にあたる。
『詩の弁護(The Defence of Poesy)』は、詩を「嘘であり無益だ」とする非難に答えた評論である。詩は、あるがままの自然を写すのではなく、自然を超えたよりよい世界を作り出し、読む者を徳へと導くのだ、と論じた。英語による文学批評の出発点の一つに数えられる。散文の牧歌物語『アーケイディア(Arcadia)』も広く読まれた。
文学史における立ち位置と影響
シドニーは、理想の廷臣にして詩人という、ルネサンスの一つの手本を体現した。『アストロフェルとステラ』が死後に刊行されると、ソネット連作の流行が一気に広がり、シェイクスピアのソネットを含むエリザベス朝の恋愛詩の隆盛を導いた。
『詩の弁護』は、詩の値打ちを正面から論じた英語批評の礎として、後の詩論に繰り返し参照されている。