第二の性
- 原題
- Le Deuxième Sexe
- 作者
- シモーヌ・ド・ボーヴォワール
- 成立
- 1949
- 国
- フランス
- 時代
- 20世紀以降
概要
「女とは何か」を、千ページかけて洗い直した本である。
出発点にあるのは、男は自分を人間として語れるのに、女は女として語らねばならない、という非対称である。男が「私は男だから」と断って意見を述べることはない。女にはそれが求められる。男が基準の側に置かれ、女はそこからの差として定義される。ボーヴォワールはこの位置を「第二の性」と呼ぶ。
そのうえで、女の性質とされてきたものを一つずつ検討する。生物学、精神分析、経済の理論、歴史、神話、そして少女から老年までの一生。
結論は第二巻の冒頭に置かれた一文に集約される。人は女に生まれるのではない、女になるのだ。 女らしさは生まれつきの性質ではなく、育てられ方と社会の扱いによって後から作られる、という主張である。
刊行の年に十万部以上が売れ、翌年ローマ教皇庁の禁書目録に載せられた。
ボーヴォワールは1908年、パリのカトリックの家に生まれた。ソルボンヌで哲学を学び、1929年の教授資格試験に合格した。同期にサルトルがおり、この年から生涯にわたる関係が始まる。二人は結婚せず、それぞれ別の相手との関係も認める取り決めをしていた。
執筆のきっかけは、自分について書こうとしたことにある。ボーヴォワールは自伝を構想し、まず自分にとって女であることが何を意味したかを考え始めた。それが三年の調査になった。
執筆時のフランスで、女性が選挙権を得たのは1944年である。既婚女性が夫の許可なく銀行口座を開けるようになるのは1965年、中絶が合法化されるのは1975年で、いずれもこの本の刊行より後にあたる。
刊行後の反響は激しかった。カトリック側からの非難に加え、左派の側からも批判が出た。カミュは、フランスの男を笑いものにしたと言って怒ったと伝えられる。第二巻の性に関する記述は、猥褻だという攻撃を受けた。
1956年、ローマ教皇庁の禁書目録に収録された。
英訳は1953年に出たが、訳者は生物学の専門家で哲学の術語に不案内であり、大幅な省略も行われた。この訳が長く読まれたため、英語圏での受容には歪みが生じた。全訳の新版が出るのは2009年である。
文学史における評価と影響
「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という一文が、20世紀の思想で最も引用される命題の一つになった。
この主張の意味は、生まれつきの性質とされてきたものを、後から作られたものとして捉え直す点にある。生まれつきなら変えられないが、作られたものなら変えられる。
論法の出発点はサルトルの実存主義にある。人間にあらかじめ定められた本質はなく、行為によって自分を作っていく、という考え方を、ボーヴォワールは女性の状況に適用した。
同時に、この本には批判も蓄積している。分析の基準が男の側に置かれており、女が男と同じ条件に立つことを解放と見なしている、という指摘がある。母性や身体の経験を否定的にのみ扱う点も、後のフェミニズムから問い直された。西洋の中産階級の女性を前提としており、階級と人種の違いが扱われていないという批判もある。
それでも、この本を出発点としない議論はほとんどない。1960年代以降の女性解放運動は、理論的な支柱としてこの本を参照した。批判もまた、この本を踏まえた形で行われている。
日本では1953年から訳が出ている。全訳の決定版は1997年の新装版で、それ以前の版は抄訳や分冊の形だった。
内容
第一巻「事実と神話」は、女がどう定義されてきたかを扱う。
生物学の章では、卵子と精子、月経、妊娠、閉経が説明される。ボーヴォワールは事実を認めたうえで、そこから女の役割は導けないと論じる。身体は状況の一つであって、運命ではない。
精神分析と唯物史観の章では、フロイトとエンゲルスの説明が検討され、いずれも一面的だとされる。
歴史の章では、狩猟採集の社会から近代までがたどられる。ボーヴォワールは、女が子を産むことによって生命の維持に縛られ、男が危険を冒して価値を作る側に立った、という構図で説明する。
神話の章では、文学に現れる女の像が扱われる。モンテルラン、ロレンス、クローデル、ブルトン、スタンダールの五人を取り上げ、それぞれの作品で女がどう描かれているかを分析する。母、聖女、誘惑者、自然、神秘。いずれも男の側から与えられた像であり、実際の女とは対応しない。
第二巻「体験」は、女の一生を段階に分けて記述する。
幼年期。男の子と女の子の扱いがどう違うか。人形を与えられ、身なりを整えられ、静かにしていることを求められる。少女期。初潮、身体の変化、性の教育の欠落。
結婚。ボーヴォワールは、当時の結婚が女にとって職業に近いものだと論じる。経済的な自立の道がなければ、結婚は選択ではなく生計手段になる。
母親。中絶が違法だった当時のフランスで、望まない妊娠がどういう状況を生むかが具体的に書かれる。ボーヴォワールは母性を本能として扱うことを退ける。
売春婦、老年、独立した女。最後の章では、職業を持つ女が置かれる二重の負担が扱われる。
結論部で、男女がともに自由になる条件が論じられる。女の解放は男の側の変化も要求する、という立場がとられる。