招かれた女
- 作者
- シモーヌ・ド・ボーヴォワール
- 成立
- 1943
- 国
- フランス
- 時代
- 20世紀以降
概要
一組の男女の関係に若い女が入り込み、三人の緊張が破局へ向かう小説である。ボーヴォワールの処女長篇にあたる。
主人公は演出家のフランソワーズと、その恋人で作家のピエールである。二人は結婚という制度に縛られず、互いの自由を認め合う、対等な関係を築いていた。自由と信頼に基づく、理想的な結びつきのはずだった。
そこへ、若い娘グザヴィエールが、加わる。フランソワーズはこの気まぐれで魅力的な娘を、庇護し、いわば三人の共同生活を始める。だがこの「三人の関係(トリオ)」は、しだいに耐えがたい緊張をはらんでいく。
ピエールがグザヴィエールに惹かれ始める。フランソワーズは嫉妬と、自分の存在が脅かされる不安に、苛まれる。 自由を認め合っていたはずの関係が、若い他者の登場によって、根底から揺らぐ。
この作品の核心にあるのが、「他者」の問題である。自分とは別の意識を持つ他者の存在が、自分の世界を脅かす。グザヴィエールという、自分の思うようにならない他者を前に、フランソワーズは、追い詰められていく。 サルトルの実存主義(「他者は地獄だ」)と響き合う主題がここにある。
物語はフランソワーズが、グザヴィエールを、抹殺しようとする、衝撃的な結末へと向かう。
文学史における評価と影響
ボーヴォワールの処女長篇であり、その実存主義的な思想を、小説の形で表現した作品とされる。
この作品の背景にはボーヴォワール自身と、サルトルとの関係がある。二人は結婚せず、互いの自由を認め合う、対等な「契約結婚」の関係を結んでいた。この小説のフランソワーズとピエールの関係は、その二人の関係を、色濃く反映している。 そこに第三者が加わったときの緊張が、この作品の題材となっている。
主題は実存主義的な「他者」の問題である。自分とは異なる意識を持つ他者は、自分の世界の中心性を、脅かす。サルトルが「存在と無」で論じた、他者のまなざしによる自己の対象化という問題が、この小説で、具体的な人間関係のドラマとして描かれている。
女性の自意識を描いた点でも重要である。ボーヴォワールは後に第二の性で、女性の置かれた状況を分析する。この処女作にも自立した女性が、恋愛関係のなかで直面する、嫉妬や不安や自己喪失の問題が、鋭く描かれている。
ボーヴォワールはこの作品で、作家としての出発を果たした。実存主義文学の一作として、また後のレ・マンダランや第二の性へと続く、彼女の思想の出発点として、読まれてきた。
あらすじ
パリ。演出家のフランソワーズと、作家で演出家のピエールは、長年連れ添った恋人同士である。だが二人はふつうの夫婦とは違っていた。互いの自由を尊重し、束縛せず、他の相手との関係さえも認め合う、対等で自由な結びつきを、築いていた。二人はその透明な信頼関係に、誇りを持っていた。
そこへ、地方から出てきた、若い娘グザヴィエールが、現れる。気まぐれで、移り気で、しかし不思議な魅力を持つ、この娘に、フランソワーズは心を惹かれる。フランソワーズはグザヴィエールを庇護し、パリでの生活の面倒を見て、いわば、自分たち二人の関係に、彼女を招き入れる。
こうしてフランソワーズ、ピエール、グザヴィエールの三人の奇妙な共同生活(トリオ)が始まる。
はじめのうちはうまくいくかに見えた。だがこの三人の関係はしだいに耐えがたい緊張を、はらんでいく。
ピエールが若く魅力的なグザヴィエールに、強く惹かれ始めたのである。そしてグザヴィエールもまた気まぐれに、ピエールとフランソワーズの心を、もてあそぶように振る舞う。
フランソワーズは苦しみ始める。自由を認め合っていたはずなのに、彼女は、激しい嫉妬に苛まれる。それだけではない。グザヴィエールという、自分の思うようにならない、独立した意識を持つ他者の存在が、フランソワーズの世界の中心にいるという感覚を、脅かす。「自分とは別の世界を持つ他者」を前にして、フランソワーズは、自分の存在が、揺らいでいくのを感じる。
三人の関係は猜疑と嫉妬と、心理的な駆け引きの泥沼へと沈んでいく。フランソワーズはしだいに追い詰められ、精神的に、危機に陥っていく。
そして物語は衝撃的な結末を迎える。追い詰められたフランソワーズは、自分の存在を脅かすグザヴィエールを、ガス栓を開けて、抹殺しようとするのである。 他者を消し去ることによってしか、自分の世界を、取り戻せないかのように。
自由な関係の理想が若い他者の登場によって崩壊し、破局へと至る。実存主義的な「他者」との相克を、一つの三角関係のドラマとして描き切って、この物語は閉じられる。