実存主義とは何か

原題
L'existentialisme est un humanisme
作者
ジャン=ポール・サルトル
成立
1946
フランス
時代
20世紀以降

概要

1945年10月29日、パリのクラブ・マントナンで行われた講演の記録である。翌1946年に刊行された。原題は L'existentialisme est un humanisme——実存主義はヒューマニズムである。速記をもとにしており、質疑応答も収められている。

サルトルの主著存在と無は千ページ近い分量で、専門用語が多く、一般の読者には近づきにくい。この講演はその内容を、術語をほとんど使わずに一時間ほどで語り直したものにあたる。実存主義の考え方は、主にこの講演を通じて広まった。

講演の形式は反論である。当時、実存主義には二方向から批判が来ていた。共産主義者からは、個人の内面ばかり見て社会を変えないという批判。カトリックからは、神を認めず善悪の基準を失わせるという批判。サルトルはこれらに答える形で話を進める。

講演が行われた1945年10月は、パリ解放から一年余り、ドイツの降伏から五か月後にあたる。会場には人が入りきらず、入口で混乱が起きたと伝えられる。この騒ぎ自体が新聞に載り、実存主義という語が流行語になる契機になった。

同じ年、サルトルはボーヴォワール、メルロ=ポンティらと雑誌『レ・タン・モデルヌ(現代)』を創刊している。実存主義はこの雑誌を拠点に、哲学の枠を越えた運動として広まった。

サルトル自身は後にこの講演を悔いている。話を単純にしすぎたという理由で、生前に再刊を認めなかった時期がある。哲学的な内容は存在と無で読むべきだという立場だった。

なおカミュは実存主義者と呼ばれることを拒み続けた。カミュの「不条理」の考え方はサルトルの実存主義とは出発点が違う。二人は1952年、反抗的人間をめぐる論争で決裂した。

文学史における評価と影響

実存主義の入門として最も広く読まれてきた。「実存は本質に先立つ」「人間は自由の刑に処せられている」といった言い回しが知られるようになったのは、この講演を通じてである。

流行の規模は哲学書として異例だった。1940年代後半のパリでは、実存主義が服装や音楽と結びついた風俗として語られ、サン=ジェルマン=デ=プレの地下酒場が「実存主義者の店」と呼ばれた。サルトル自身はこの流行に困惑を示している。

思想の内容としては、人間に共通の本質を認めないという点が要にあたる。国民性、人間性、女らしさといった、生まれつきの性質として語られてきたものを、後から作られたものとして捉え直す道が開かれる。ボーヴォワールは同じ論法を女性の問題に適用し、1949年の第二の性で「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と書いた。

批判もある。学生の例に見られるように、サルトルは選択の場面を個人が単独で判断するものとして描く。実際の選択が置かれている社会的な条件をどう扱うかは、この講演では十分に論じられない。サルトル自身、1950年代以降はマルクス主義との接続を試み、『弁証法的理性批判』でこの問題に取り組んだ。

内容

サルトルはまず、実存主義が何を主張しているのかを一つの命題で示す。実存は本質に先立つ。

説明のために使われるのがペーパーナイフの例である。職人がペーパーナイフを作るとき、それが何をするための物かは、作る前に決まっている。用途と製法が先にあり、物はその後で存在する。この場合、本質が実存に先立つ。

人間を神が作ったと考えれば、人間も同じことになる。神という職人が、人間とは何かを先に決めて作った。

神を認めなければ、この順序が逆になる。人間はまず存在し、そのあとで自分が何であるかを、自分の行為によって決めていく。あらかじめ人間の本質を定めた者はいない。だから決まった人間性というものはなく、人は自分が作るものになる。

ここから責任が出てくる。人が何かを選ぶとき、それは自分にとってだけの選択ではない。ある生き方を選ぶことは、それが人間にとって良い生き方だと示すことでもある。したがって選択は全人類に関わる。この重さをサルトルは不安と呼ぶ。

続いて見捨てられが説明される。神がいなければ、何が正しいかを外から教えてくれるものがない。頼れる基準がない状態で、それでも選ばなければならない。

サルトルはここで、実際に相談を受けた学生の例を出す。ドイツ占領下、この学生は母親と二人で暮らしていた。兄はすでに戦死している。イギリスへ渡って自由フランス軍に加わるか、母のもとに残るか。前者は大義に関わるが成功するかは分からず、後者は確実に一人の人間を助ける。どの道徳も、どちらを選べとは教えてくれない。サルトルは学生にこう答えたと述べる——あなたは自由だ、選びなさい。

第三に絶望。自分の意志の及ぶ範囲の外に期待しない、という意味で使われる。歴史が正しい方向に進むといった保証はない。

その上でサルトルは、実存主義が悲観的な思想だという批判を退ける。あらかじめ決まった本質がないということは、人はいつでも自分を変えられるということでもある。臆病者は臆病者として生まれたのではなく、臆病な行為を積み重ねて臆病者になった。だからやめることもできる。人間は自分の行いの総和以外の何ものでもない。

最後にヒューマニズムの語が説明される。人間を賛美するという意味ではない。人間は常に自分の外に向かって自分を投げ出しており、その外側との関係でしか存在しない。この意味でのヒューマニズムだ、と述べられる。

作者

登場する文学史