老い

作者
シモーヌ・ド・ボーヴォワール
成立
1970
フランス
時代
20世紀以降

概要

社会が目を背けてきた「老い」を多角的に分析した大著である。

ボーヴォワールは、第二の性で「女性」という、社会が周縁に追いやってきた存在を分析した。この『老い』は、それと同じ方法で今度は「老い」という、もう一つの社会が隠してきた問題を正面から論じた大著にあたる。

ボーヴォワールは言う。社会は「老い」を恥ずべきもの忌むべきものとして、隠し、語ることを避けてきた。死と同じように老いは、口にするのをはばかられる。だがそれは誰もが避けられない、人間の条件である。その目を背けられてきた真実を直視すること。 それが、この本の目的である。

本書は老いを多角的に分析する。まず生物学的な、肉体の衰えとしての老い。次に歴史や、さまざまな社会において、老人が、どう扱われてきたか。敬われた社会もあれば、無用の者として、捨てられた社会もある。

さらにボーヴォワールは、現代社会における、老人の扱いを鋭く批判する。近代の社会は生産性を重んじるあまり、働けなくなった老人を無用のものとして、社会の周縁へと追いやり、貧困と孤独に追い込んでいる。

そして最も深く老いを生きる、当人の内面の体験が、論じられる。老いとは自分にとって、何なのか。「老い」を実存の問題として、掘り下げた、思想の書である。

文学史における評価と影響

ボーヴォワールの後期を代表する評論であり、第二の性と対をなす、社会分析の大著とされる。

この本の意義は「老い」を初めて、本格的な思想の主題として、論じた点にある。それまで老いは、文学や哲学において、正面から扱われることの少ない問題だった。社会がそれを恥ずべきものとして、隠してきたからである。 ボーヴォワールは、そのタブーを破り、老いを直視した。

第二の性との方法的な連続性が明確である。第二の性が、「女性」という、社会が「他者」として周縁化してきた存在を分析したようにこの本は「老人」という、もう一つの周縁化された「他者」を分析する。 社会が、誰をどう排除してきたかを暴き出す、その姿勢は、一貫している。

主題は社会による、老人の排除である。ボーヴォワールは近代の資本主義社会が、生産性を基準として、働けない老人を無用の者とみなし、貧困と孤独に追いやっていることを鋭く告発する。老いの問題は個人の問題である以上に社会の問題なのである。

高齢化が進む現代において、この本の問題提起は、いっそう、切実さを増している。老いをめぐる思想の古典的な達成として、繰り返し参照されてきた。ボーヴォワールの社会批判の精神を晩年に示した、重要な作品にあたる。

内容

『老い』はボーヴォワールが、「老い」という主題を多角的に分析した、大著である。

ボーヴォワールはまずこの本を書く、動機を語る。社会は「老い」について、語ることを避けてきた。老いは死と同じように隠され、口にするのをはばかられる。人々は自分が老いることから目を背けている。だが老いは誰もが避けられない、人間の条件である。 その隠された真実を直視しなければならない、と彼女は言う。

本書は老いをいくつもの角度から論じていく。

第一に生物学の面から。肉体は時とともに衰えていく。その生理的な老いの現実。

第二に歴史と社会の面から。ボーヴォワールは古今東西のさまざまな社会において、老人が、どう扱われてきたかを膨大な資料をもとに検証する。知恵ある者として敬われた社会もあれば、役に立たない者として、冷遇され、時に捨てられさえした社会もある。 老人の地位は、社会によって、大きく異なっていた。

第三にボーヴォワールは、現代社会における、老人の扱いを鋭く、批判する。近代の生産性を重んじる社会は、働けなくなった老人を「無用のもの」とみなす。そして彼らを社会の中心から周縁へと追いやり、しばしば貧困と孤独のなかに置き去りにする。 老いの悲惨は、多くの場合、社会が、作り出したものなのである。

そして本書の最も深い部分でボーヴォワールは、老いを生きる、当人の内面の体験を論じる。

老いるとは自分にとって、どういうことなのか。鏡に映る、老いた自分の姿を自分は、どう受け止めるのか。かつて、若く、力に満ちていた自分と今の衰えた自分との断絶。他人の目に映る「老人」としての自分と内面では、変わらず生き続けている自分とのずれ。ボーヴォワールは老いを単なる社会問題としてではなく、一人一人が、いかに引き受けるかという、実存の問題として、掘り下げる。

生物学から歴史、社会、そして実存へ。社会が目を背けてきた「老い」をあらゆる角度から直視して、この大著は、人間の避けがたい条件を深く見つめている。 第二の性と並ぶ、ボーヴォワールの社会分析の記念碑的な仕事である。

作者

登場する文学史