月に吠える

作者
萩原朔太郎
成立
1917
日本
時代
近代

概要

日本の口語自由詩は、この詩集で完成したとされる。

それまでの詩は文語で、定型があった。藤村若菜集は七五調で書かれている。この詩集は、話し言葉で、行の長さも自由に書かれている。 それでいて詩として成立している。

書かれているのは、身体の感覚である。

竹が生える。地面から真っ直ぐに、根が細かく震えながら伸びる。手が腐って落ちる。病んだ犬が月に吠える。

具体的なものが出てくるのに、意味が確定しない。竹の詩は竹の観察ではなく、月に吠える犬の詩は犬の話ではない。神経が過敏になった状態そのものが、そのまま物として書かれている。

朔太郎自身、序文でこう述べている。詩の本質は感情の直接の表現にあり、それは言葉で説明できるものではない。

題名がこの詩集の性格を示している。月に向かって吠える犬は、何かを訴えているが、言葉になっていない。その、言葉にならないものを言葉で書こうとしている。

刊行は1917年、朔太郎三十歳。前橋の裕福な医家の息子で、定職に就かず、家からの仕送りで暮らしていた。 その居場所のなさが、詩の不安の背景として語られる。

初版では二篇が発禁になった。「愛憐」と「恋を恋する人」が風俗を乱すとされ、切り取られて配本された。

文学史における評価と影響

近代日本詩の分水嶺にあたる。この詩集の前と後で、日本語の詩の書き方が変わった。

達成は口語自由詩の完成である。それ以前にも口語で詩を書く試みはあった。だが、多くは説明的な散文になるか、間延びした。朔太郎は、口語のまま緊張を保つ方法を見つけた。

その方法の一つが、同じ語の反復にある。竹、竹、竹が生え、と繰り返す。意味を進めるのではなく、音を積む。定型を捨てた代わりに、反復でリズムを作った。

もう一つが、感覚を物として書くことである。不安だと書かない。手が腐って落ちる、と書く。 抽象的な感情を、具体的な身体の像に置き換える。この方法が、以後の日本の詩の基本になった。

北原白秋がこの詩集に序を寄せている。白秋は、この詩集を新しい詩の出現として認めた。

影響は広い。中原中也をはじめ、以後の詩人の多くがこの詩集から出発した。日本の現代詩は朔太郎から始まる、という言い方がされる。

同時に、この詩集は限界も示している。書かれているのは病んだ神経の感覚であり、社会も歴史も出てこない。個人の内面に閉じた詩という型が、ここで確立してしまったという批判も、後年に出された。

内容

「竹」が最もよく知られる。同じ題の詩が複数ある。

光る地面に竹が生える。青竹が生える。地下には竹の根が生え、根が次第に細り、根の先から繊毛が生え、かすかに震える。そして地上には、鋭く青い竹が生える。

もう一篇の「竹」では、凍った地面から竹が生える。まっしぐらに、節々が凍って青く。ここでも観察ではなく、生えるという動きだけが書かれる。

「月に吠える」は表題作にあたる。犬が月に吠える。それを聞いているのは、地面に埋まっている死者かもしれない。吠えているのは犬なのか自分なのか、確定しない。

「地面の底の病気の顔」では、地面の底に病んだ顔があり、そこから手が生え、指が伸びてくる。地下から何かが現れる、という像が繰り返し出てくる。

「腐った蛤」では、砂の中に半ば埋もれた蛤が舌を出している。その舌がしだいに腐って溶けていく。衰えと腐敗が、嫌悪ではなく静かな観察として書かれる。

「愛憐」「恋を恋する人」は、初版で削除された二篇である。恋の対象が定まらないまま、身体の感覚だけが高ぶる詩にあたる。

「かなしい月夜」では、盗人の犬が腐った波止場の月に吠える。魂が耳を澄ましている。さびしい、という語が繰り返される。

全体を通じて、病んでいる、腐っている、震えているという状態が続く。健康な状態はほとんど出てこない。そして、その状態がなぜかは説明されない。

作者

登場する文学史