氷島
- 作者
- 萩原朔太郎
- 成立
- 1934
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
口語自由詩の開拓者があえて文語に回帰した、異色の詩集である。
朔太郎は月に吠えるや青猫で口語自由詩を完成させた詩人である。だがこの晩年の詩集『氷島』では、その口語を捨てて格調高い文語に立ち返った。
背景には朔太郎の人生の挫折がある。妻に去られて離婚し、失意のうちに故郷の前橋へ帰る。そうした個人的な打撃が、この詩集の悲痛な感情の底にある。
代表作「帰郷」はその心情を荘重な文語でうたう。敗残の思いを抱えて吹雪のなか故郷へ帰る詩人の姿が、悲壮な調べで描かれる。
なぜ朔太郎が文語に戻ったかはしばしば論じられる。やわらかな口語では、この激しい絶望と慟哭を支えきれなかったのだとされる。 荘重な文語の韻律だけが、噴き上げる悲痛な感情に堅固な器を与えることができた。
挫折、望郷、そして虚無。若き日の繊細な倦怠から、老いての激しい絶望へ。朔太郎の詩の最後の到達点にあたる。
文学史における評価と影響
萩原朔太郎の晩年を代表する詩集であり、その特異な位置ゆえに繰り返し論じられてきた。
最大の特徴は文語への回帰である。口語自由詩を確立して「日本近代詩の父」と呼ばれた朔太郎が、晩年になってあえて古風な文語の韻律に立ち返った。近代詩の歩みに逆行するかに見えるこの選択が、大きな議論を呼んだ。
主題は挫折と望郷の悲痛である。離婚、失意、故郷への敗残の帰還。朔太郎は自らの人生の破綻から噴き上げる激しい絶望と慟哭を、この詩集にぶつけた。 若き日のけだるい倦怠(青猫)とはまったく異なる烈しい感情がここにある。
文語という形式の必然性が、この詩集の核心にあたる。多くの評者は、朔太郎がこの激烈な悲痛を盛るために、口語ではなく荘重で堅固な文語の器を必要としたと論じる。内容が形式を要求した。 感情の激しさが、格調高い韻律によってかろうじて支えられている。
「帰郷」などの詩は、日本の近代詩における望郷と絶望の名篇とされる。若き日の口語詩とは対照的なこの文語の悲歌によって、朔太郎の詩業は劇的に締めくくられた。
内容
詩集『氷島』は萩原朔太郎が晩年に刊行した詩集である。口語自由詩の開拓者であった朔太郎が、ここでは格調高い文語を用いている。
この転回の背景には、朔太郎の人生の深い挫折があった。朔太郎は妻との関係が破綻して離婚する。家庭を失い、東京での生活にも疲れ果て、失意のうちに故郷の前橋へと帰ることになる。敗残者としての痛切な思いが、この詩集の底に絶えず流れている。
詩集を代表するのが「帰郷」である。
吹雪の吹きすさぶなか、汽車が故郷へと向かって突き進んでいく。「わが故郷に帰れる日/汽車は烈風の中を突き行けり」。 詩人は成功も幸福も何一つ手にできぬまま、敗れて故郷へ戻る。その悲壮な心情が、荘重な文語の調べにのってうたわれる。
「昧爽(あけがた)」「乃木坂倶楽部」など、他の詩にも孤独と虚無と、噴き上げる絶望の感情が激しく刻まれている。
若き日の青猫の、青白くけだるい倦怠はここにはない。あるのは人生に打ちのめされた者の、烈しく荒々しい慟哭である。
なぜ口語詩を極めた朔太郎が、晩年になって文語に戻ったのか。それはこの激烈な悲痛を、やわらかな口語では支えきれなかったからだと考えられている。 ごつごつとした堅固な文語の韻律だけが、噴き上げる絶望に確かな形を与えることができた。
挫折、望郷、そして虚無。繊細な神経の詩人が人生の破綻の果てにたどり着いた、悲壮な文語の絶唱——この詩集をもって、朔太郎の詩の歩みはその激しい終幕を迎えた。