地獄変
- 作者
- 芥川龍之介
- 成立
- 1918
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
絵を完成させるために娘を犠牲にする絵師の話である。五十ページほど。
主人公良秀は当代一の絵師である。腕は誰もが認めるが、傲慢で、けちで、人に嫌われている。唯一の情愛の対象が、堀川の大殿に仕えている娘である。
大殿から地獄変の屏風を描くよう命じられる。良秀は取りかかるが、一つだけ描けない場面がある。 牛車が炎に包まれ、中の女房が焼け死ぬ場面である。
良秀は、見たものしか描けない絵師だった。死体を写生し、弟子を縛って苦しむ姿を写す。だから、その場面も見なければ描けないと言う。
そこで大殿に願い出る。牛車を焼いて、中に女を乗せて見せてほしい、と。
大殿はそれを引き受ける。そして炎の中の車に乗せられていたのは、良秀自身の娘だった。
良秀は最初、狂ったように駆け寄ろうとする。だが途中で止まる。そして炎に包まれる娘を、身動きもせず見つめる。その顔には、恍惚とした表情が浮かんでいた。
屏風は完成する。そして良秀は、その翌晩に首を吊って死ぬ。
語り手は大殿に仕える者である。その語りには一貫して大殿への忠義があり、大殿を悪く言わないよう気を配っている。だが語られる事実は、その弁護と食い違う。読者は語り手の言葉の隙間から、大殿が娘に何をしようとしていたかを察することになる。
文学史における評価と影響
芥川の初期を代表する短篇にあたる。
主題は芸術のために人を犠牲にできるかという問いである。良秀は娘の死を見て、絵を完成させた。その絵は誰もが認める傑作になった。 そして良秀は死んだ。
芥川はこの問いに答えを出していない。良秀を悪魔的とも英雄的とも書かない。恍惚の表情を浮かべた、とだけ書く。 判断は読者に残される。
語り手の使い方が、この作品の技術上の中心にあたる。語り手は大殿を賛美し続ける。だが読者は、その賛美が事実と合わないことに気づく。大殿が良秀の娘に手を出そうとして拒まれていたことが、語り手の口から否定される形で伝わる。信用できない語り手という手法が、ここで使われている。
この手法は四年後の藪の中で、さらに徹底される。あちらでは語り手が七人に増え、どれも信用できなくなる。
素材は日本の古典にある。今昔物語集や『宇治拾遺物語』に、絵師良秀が自分の家の火事を眺めて不動明王の絵の参考にした、という話がある。芥川はその挿話を拡大し、娘の死という要素を加えた。
芸術至上主義の作品として読まれることが多い。ただし芥川自身は、良秀の姿勢を肯定しているわけではない。芸術のために人が死ぬ話を書いた本人が、十年後に自ら死ぬ。 この符合が、後年しばしば言及されてきた。
あらすじ
堀川の大殿は、権勢並ぶ者のない人物である。慈悲深く、民に慕われている——と語り手は言う。
その大殿に仕える絵師が良秀である。当代一の腕を持つが、人柄は最悪だった。強欲で、傲慢で、人を見下す。 猿のような風貌から、大殿の子息が飼っていた猿に「良秀」という名がつけられたほどである。
良秀には十五になる娘がいる。大殿に女房として仕えている。 良秀は娘を溺愛しており、繰り返し暇を願い出るが、大殿は許さない。
娘は御所の人々から好かれていた。ある日、良秀の名をつけられた猿が娘に助けられ、以後、その猿は娘に懐く。
大殿が良秀に、地獄変の屏風を描くよう命じる。
良秀は取りかかる。その描き方は異常だった。死体を運ばせて写生し、弟子に鎖をつけて苦しませ、その姿を写す。見たものでなければ描けない、というのが良秀の流儀である。
数か月後、良秀は大殿のもとへ行く。屏風はほぼ完成しているが、一つだけ描けない場面がある。
牛車が空から落ちてくる。炎に包まれている。中には位の高い女房が乗っていて、黒髪を乱し、白い喉をのけぞらせている。これが描けない。
そして良秀は願い出る。牛車を一つ焼いていただきたい。中に女を乗せて。
大殿は笑って引き受ける。
その夜。山荘の庭に牛車が引き出される。良秀が呼ばれる。
簾が上げられる。中にいたのは、良秀の娘だった。鎖で縛られている。
良秀は駆け寄ろうとする。だが大殿の合図で火がつけられる。
炎が上がる。娘は身をよじる。そのとき、あの猿が飛び込んでいく。 猿は娘とともに焼け死ぬ。
良秀は動かなくなる。駆け寄ろうとした足が止まり、その場に立ち尽くす。そして、燃える車を見つめる顔には、恍惚とした表情が浮かんでいた。 人間とは思えない、厳かな光がそこにあった、と語り手は記す。
一月後、屏風は完成する。見た者は皆、その凄まじさに打たれた。あれほど良秀を憎んでいた者たちも、この絵の前では黙った。
その翌晩、良秀は自室の梁に縄をかけて死んだ。
娘の墓は、いまも苔に埋もれて残っている、と語り手は結ぶ。