カンツォニエーレ

原題
Il Canzoniere
作者
ペトラルカ
成立
14世紀
イタリア
時代
俗語文学の始まり

概要

ペトラルカが四十年以上かけて編み続けたイタリア語の詩集である。366篇からなり、うち317篇がソネット(十四行詩)で、残りはカンツォーネ、セスティーナなど他の詩形が占める。

主題は、ラウラという女性への愛である。詩人は一目見て恋に落ち、生涯その思いを抱え続ける。ラウラは応えない。二人の関係に進展はなく、四十年にわたって同じ状態が続く。

構成は二部に分かれる。前半はラウラの生前、後半は死後である。詩集の中でその死は日付とともに記され、後半では追憶と、地上の愛に執着したことへの悔いが主題になる。恋愛詩集でありながら、後半は恋愛から離れようとする詩の集まりになっている。

作者自身は、この詩集をラテン語の著作より軽いものと見ていた。原題も自ら付けたものではなく、「俗語による断片集」という趣旨のラテン語の題を用いている。後世に定着した「カンツォニエーレ」は歌集を意味する語である。

ペトラルカは1304年、アレッツォの生まれ。父の亡命に伴い、幼少期を南フランスのアヴィニョン近郊で過ごした。当時この地には教皇庁が置かれていた。

本人の記述によれば、1327年4月6日、アヴィニョンの聖クララ教会でラウラを見初めた。1348年、同じ4月6日に死んだと記す。日付の一致は文学的な構成とみられ、ラウラが実在の人物かどうかも確定していない。友人からの架空の人物ではないかという問いに、ペトラルカは強く否定する手紙を書いている。

詩集の編集は1330年代から死の年1374年まで続いた。九つの段階の草稿が確認されており、順序の入れ替え、削除、追加が繰り返された。書き溜めた詩を並べたのではなく、配列そのものが設計されている。 366という数は一年の日数に一を足したもので、意図的な数とみられる。

ペトラルカは古典の写本を探索し、キケロの書簡を発見したことでも知られる。ラテン語で叙事詩『アフリカ』を書き、1341年にローマで桂冠詩人の栄冠を受けた。本人が自負していたのはこれらのラテン語の仕事のほうで、イタリア語の詩は余技という位置づけだった。

文学史における評価と影響

ヨーロッパの恋愛詩の型が、この詩集によって定まった。以後三百年にわたり、各国の詩人がこの形式と語彙を模倣し、その様式はペトラルキズムと呼ばれる。手の届かない女性、賛美と嘆きの反復、身体の部位を一つずつ讃える手法、相反する状態を並べる対句。

ソネットという詩形が国際的に広まったのも、この詩集を通じてである。16世紀にワイアットとサリー伯が英語に移し、シドニースペンサーを経てシェイクスピアのソネット集に至る。フランスではロンサールデュ・ベレーらのプレイヤード派が同じ源から出発した。イタリアの一詩集が、各国語の詩の形式を決めた。

模倣が広まった結果、その型を茶化す詩も生まれた。シェイクスピアのソネット第130番は、恋人の目は太陽に似ていないと言い、比喩を積み上げる作法そのものを揶揄している。

内容の面では、内面の観察が新しかった。詩の主題は女性であるより、女性を思う自分の心の状態にある。同じ感情を四十年にわたって変奏し続けるという構えは、詩集全体を一人の人間の内面の記録にしている。この点で、ダンテ新生が愛を神へ至る階梯として扱うのに対し、こちらは地上に留まったまま揺れ続ける。救済に到達しないことが、この詩集の近代性として論じられてきた。

イタリア語の規範としての役割も大きい。16世紀に文語の基準が議論された際、韻文はペトラルカ、散文はボッカッチョを手本とすべきとされ、以後長く影響した。

日本では抄訳が中心で、全訳は限られる。同じ主題の反復が続くため、通読よりも選集で読まれることが多い。

内容

冒頭の一篇は、読者への呼びかけになっている。かつての自分の若い過ちを綴った詩を読む者へ、と始まり、世間の噂と恥じらいと、地上で喜ぶものはすべて短い夢であるという認識が述べられる。編集された詩集としての枠が、ここで示される。

以降、ラウラへの思いが繰り返し変奏される。会えないこと、会っても言葉が出ないこと、その面影が離れないこと。愛は苦しみでありながら手放せず、詩人はその矛盾を語り続ける。凍りながら燃える、平和がないのに戦う相手もいない、といった対句で相反する状態を並べる書き方が多用される。

自然の描写が心の状態と重ねられる。泉、木陰、丘、川。ラウラのいた場所を再訪する詩、ひとり人けのない野を歩く詩がある。

ラウラの名は、月桂樹(lauro)、風(l'aura)、黄金(l'auro)と音が通う。この重なりを利用した言葉遊びが全篇に埋め込まれている。 月桂樹は詩人の栄冠でもあり、女性への愛と詩の名声への欲求が、同じ語の上で重ねられる。

後半では、ラウラの死が扱われる。夢や幻の中で現れたラウラが、自分は救われていること、地上の生に執着するなと告げる場面が繰り返される。詩集は聖母への長いカンツォーネで閉じられる。ここで詩人は、地上の愛に費やした年月を悔い、救いを求める。

作者

登場する文学史