イタリア文学 17-18世紀
通史では、この時代を「停滞と再編」と要約した。ここではその中身を開く。
イタリア文学史で最も語られることの少ない二百年である。 ルネサンスの輝きの後、国際的な影響力は明らかに低下する。
背景は政治にある。イタリア半島は小国に分裂し、スペイン、オーストリア、フランスの勢力争いの舞台になった。統一された国家も、文化の中心となる宮廷もない。 同じ時期、フランスでは国家が言語と文学を管理し、イギリスでは中産階級が小説の市場を作っていた。
それでも、後世に効いた仕事はある。 ここではそれを見る。
バロックと、その評価
十七世紀のイタリア詩はマリーニズモと呼ばれる技巧的な様式が支配した。奇抜な比喩、音の遊び、驚かせることを目的とした表現。
長く「悪趣味な堕落」として否定されてきた。 ルネサンスの均整からの逸脱と見なされたためである。二十世紀に入って、バロックとして再評価する見方も出ているが、評価は今も定まっていない。
同時期、科学の分野でガリレオがイタリア語で著述した。『天文対話』は対話形式で書かれ、文学作品としても読める散文である。ラテン語ではなく俗語で科学を書いた選択は、ダンテ・アリギエーリ以来の系譜に置くことができる。
ヴィーコ — 歴史は人間が作った
ヴィーコの新しい学(一七二五年、改訂を重ねる)は、この時代のイタリアで最も遠くまで届いた著作である。
中心にある原理は明快である。人間の歴史は人間が作ったのだから、人間に理解できる。 自然は神が作ったので完全には理解できないが、社会・法・言語・神話は人間の産物だから、内側から理解できる、という論理である。
そこから、すべての民族が同じ段階を経るという歴史の構想が導かれる。神々の時代、英雄の時代、人間の時代。そして循環して繰り返す。
神話を「未開の迷信」ではなく、その時代の人間の思考の記録として読むという態度も、ここで提示された。
当時ほとんど読まれなかった。 ナポリの一大学教授として不遇のうちに没している。十九世紀に入ってミシュレがフランス語に訳したことで広まり、以後の歴史哲学・人類学・言語学に影響した。
二十世紀にはジェイムズ・ジョイスが『フィネガンズ・ウェイク』の循環構造にこの思想を使っている。二百年後に文学の側から受け取られたことになる。
ゴルドーニ — 即興を台本にする
ゴルドーニは演劇を改革した。
それまでイタリアの喜劇の主流はコンメディア・デッラルテだった。決まった役柄(けちな老人、ずる賢い召使い、恋する若者)と、大まかな筋書きだけがあり、台詞は俳優が即興で作る。 仮面をつけ、身体的な芸で見せる。
ゴルドーニはこれを、台詞を完全に書き切る近代的な喜劇に変えた。役柄の類型ではなく、個々の人物の性格を書く。仮面を外させる。俳優の芸から、作者の作品へという転換である。
保守派からは激しい反発を受けた。論敵ゴッツィは、逆におとぎ話を素材にした幻想的な作品で対抗している。この対立は当時の劇壇を二分した。
ゴルドーニは晩年フランスへ渡り、パリで没した。イタリアで書ききれなかったという事情がそこにある。
アルフィエーリ — 悲劇と、国民意識
アルフィエーリは悲劇を書いた。主題は専制への抵抗である。
フランス古典主義の形式を踏まえながら、内容は激しい。暴君に立ち向かう人物が、独白と対決で自らの意志を語る。
この作品群が、後の統一運動(リソルジメント)の精神的な源泉の一つになった。 政治的な国家が存在しない時期に、文学が国民意識の器になったという点で、ドイツと構図が似ている。
この時代をどう読むか
| 中身 | |
|---|---|
| 政治的分裂 | 統一国家も中心的な宮廷もなく、国際的な存在感が低下した |
| 遅れて届いた思想 | ヴィーコは当時読まれず、二百年後に文学と学問へ影響した |
| 演劇の近代化 | 即興の芸から、台本を書き切る作品へ |
| 文学と国民 | アルフィエーリの悲劇が統一運動の精神的源泉になった |
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