ゴルドーニ
- 原綴
- Carlo Goldoni
- 生没
- 1707–1793
- 出身
- ヴェネツィア
- 国
- イタリア
- 時代
- 17-18世紀
生涯
1707年、ヴェネツィアの医師の家に生まれた。子どもの頃から芝居に夢中で、八歳で喜劇を書いたと自伝に記している。
父の意向で法律を学び、弁護士になった。それでも演劇への関心は消えず、法廷の仕事のかたわら劇を書き続け、やがて法律を捨てて劇作に専念する。
ヴェネツィアの劇場と契約し、膨大な数の喜劇を書いた。ある年には一シーズンで十六本の新作を書いている。当時の劇場は同じ演目を長く続けられず、次々に新作を要求した。その要求に応えながら、同時に演劇そのものを変えようとしたことになる。
改革は抵抗を招いた。伝統的な即興喜劇を守ろうとする側、とくに劇作家カルロ・ゴッツィとの論争が続く。ゴッツィは、ゴルドーニがイタリア喜劇の伝統を壊していると攻撃した。
この争いに疲れ、1762年にヴェネツィアを離れてパリへ移った。パリのイタリア座で働き、後には王家の子女にイタリア語を教える職も得ている。
晩年は不遇だった。フランス革命によって王家からの年金が止まる。1793年、パリで困窮のうちに死去した。八十六歳だった。その翌日、国民公会が年金の復活を決議したという逸話が伝わる。
作風
それまでイタリアの喜劇の主流はだった。仮面をつけた決まった役柄が舞台に出る。ずる賢い召使いのアルレッキーノ、けちで好色な老人のパンタローネ、ほら吹きの隊長。俳優は自分の役柄を一生演じ続け、大まかな筋書きだけを頼りにその場で台詞を作る。決まり文句と曲芸と下品な冗談で笑わせる形が、二百年ほど続いていた。
ゴルドーニはこれを変えた。まず台本を全部書いた。俳優に即興させず、台詞を作者が決める。次に仮面を外させた。仮面の下から俳優の表情が出れば、細かい感情を演じられる。そして決まった役柄ではなく、一人ひとり違う人間を書いた。
素材にしたのは同時代のヴェネツィアの市民生活である。商人、宿屋の女主人、召使い、漁師、成り上がりの町人。その日常の悩みや駆け引きが舞台に上がる。観客は自分たちの世界を見ることになった。手本にするのは「自然」と「世界」だ、と本人は述べている。
人物の造形が生きている。『宿屋の女主人』のミランドリーナがその代表である。父から継いだ宿を一人で切り盛りし、言い寄る貴族たちを損にならないようあしらう。とりわけ、女嫌いを公言する騎士に狙いを定め、わざと素っ気なくして関心を引き、恋に落ちさせたところで突き放す。当時の舞台で、これだけ自分の意志で動く女性は珍しかった。
方言も使った。ヴェネツィアの言葉で書かれた作品が多くある。その土地の言葉のリズムが、喜劇の生気を支えている。
教訓は押しつけない。悪人はほとんど出てこない。登場人物は少し愚かで少し利己的だが、根は悪くない。人間を突き放さないこの調子が、作品全体の色を決めている。
作品
生涯に150篇を超える喜劇を書いた。
『宿屋の女主人(La Locandiera)』(1753年)
最もよく知られる。宿を営むミランドリーナと、彼女に言い寄る男たちを描く。イタリア喜劇の代表作とされる。
『二人の主人を一度に持つと(Il Servitore di Due Padroni)』(1745年)
二人の主人に同時に仕えて報酬を二重に取ろうとした召使いが、双方に嘘を重ねて混乱する話である。即興喜劇の役柄を残したまま台本化した初期の作品にあたる。
『抜け目のない未亡人(La Vedova Scaltra)』(1748年)
四か国の求婚者を相手にする未亡人を描く。
『別荘三部作(Trilogia della Villeggiatura)』(1761年)
避暑地に別荘を持つ流行に浮かされ、身の丈を超えた出費で破産していく市民たちを描く。喜劇でありながら結末は苦い。
『喜劇劇場(Il Teatro Comico)』(1750年)
劇団の稽古場を舞台に、自らの演劇改革の主張を劇の形で示したものである。
『回想録(Mémoires)』
フランス語で書かれた自伝にあたる。
日本語では『宿屋の女主人』などの訳がある。
文学史における立ち位置と影響
イタリア近代演劇の出発点とされる。
即興喜劇から、人物の性格で笑わせる喜劇への転換を成し遂げた。台本を書き、仮面を外し、実在しそうな人間を描く。この三つによって、イタリアの喜劇は近代の演劇になった。
モリエールとしばしば比較される。実際ゴルドーニはモリエールを深く読んでいる。ただし調子は違う。モリエールの諷刺が鋭く、ときに残酷であるのに対し、ゴルドーニは相手を追い詰めない。
市民を描いた演劇という点でも重要である。貴族や英雄ではなく、商人や職人が主人公になる。18世紀に市民階級が力を持ちはじめたことが、その背景にある。
ゴッツィとの論争は演劇史の一項目になっている。伝統的な即興と幻想を守ろうとするゴッツィと、現実の生活を写そうとするゴルドーニ。演劇は何を描くべきかという対立だった。ゴッツィが書いた幻想的な童話劇は、後にドイツのロマン主義に愛され、プッチーニのオペラ『トゥーランドット』の原作にもなっている。
作品は今日も上演され続けている。イタリアの劇場の定番演目であり、オペラの台本としても多く使われた。
日本での受容は限られてきたが、イタリア近代演劇の出発点として位置づけられている。