ヘシオドス
- 原綴
- Ἡσίοδος
- 生没
- 前8世紀頃–不明
- 出身
- アスクラ(中部ギリシャ・ボイオティア地方)
- 国
- ギリシャ
- 時代
- 叙事詩の時代
生涯
前8世紀頃、中部ギリシャのボイオティア地方の村アスクラに生まれたとされる。生没年は分からない。ホメロスとほぼ同時代か、やや後の人物と考えられている。
自分の作品のなかに、来歴が断片的に書き込まれている。父は小アジアから海を渡って移住した農民だった。ヘシオドス自身は羊を飼っていたとき、詩の女神ムーサから歌う力を授かった、と記している。
弟ペルセスとの遺産争いも作品に出てくる。弟が役人を買収して財産を多く取ったこと、それでも浪費して困窮したことが、詩のなかで名指しで語られる。『仕事と日々』は、その弟に働くことを説く形で書かれている。作品から本人の生活が透けて見える点で、英雄を歌ったホメロスとは対照的である。
作風
ヘシオドスの詩は、ホメロスと同じ形式で書かれている。長短の並びが決まった韻律による、格調高い叙事詩の言葉である。だが扱う中身がまったく違う。ホメロスが英雄と戦争を歌ったのに対し、ヘシオドスは神々の秩序と、農民の労働を歌った。
『神統記』では、世界と神々がどう生まれたかを順に語る。混沌(カオス)から大地が生じ、天が生じ、そこから神々の世代が続く。父を倒した子が次の支配者になり、それがまた自分の子に倒される。この暴力的な世代交代を経て、最後にゼウスが秩序を打ち立てる。ばらばらに伝わっていた神話を、一つの系譜に整理した点が新しい。
『仕事と日々』は、まったく毛色が違う。弟に向かって、まじめに働け、と説く教訓の詩である。正義とは何か、いつ種を蒔きいつ刈るか、どの日が仕事に吉でどの日が凶か。農事暦と処世訓が並ぶ。神話も語られるが、それは教訓のために引かれる。人類が黄金の時代から次第に堕落して今の鉄の時代に至った、という「五つの時代」の話や、開けてはならない箱を開けて災いを世に放ったパンドラの話が、ここにある。
労働を主題にした点が際立つ。英雄の栄光ではなく、汗して働くことに価値を置く。神々は働かない者に富を与えない、という考えが全体を貫いている。文学が最初期から、普通の人間の生活を扱っていたことを示す例になっている。
作品
『神統記(Θεογονία、テオゴニア)』は、神々の誕生と系譜を語る叙事詩である。ギリシャ神話の体系を知るうえで最も基本的な文献にあたる。
『仕事と日々(Ἔργα καὶ Ἡμέραι)』は、労働と正義を説く教訓詩である。農事暦、処世訓、そしてパンドラや五つの時代の神話を含む。
このほか、英雄の家系を女性の側からたどった『女たちのカタログ』が断片で伝わるが、帰属には異論がある。
日本語では『神統記』『仕事と日々』とも訳がある。どちらも短く、注のある版で読める。
文学史における立ち位置と影響
ホメロスと並ぶ、ギリシャ最古の詩人とされる。二人はギリシャ人にとって、神々についての知識の源泉だった。歴史家ヘロドトスは、ギリシャ人に神々の系譜と役割を教えたのはホメロスとヘシオドスだ、と書いている。
『神統記』は、後世のギリシャ神話の理解の土台になった。散在していた神話を系譜として整理したことで、誰がどの神の子か、どういう順で世界ができたかが、一つの筋として伝わるようになる。オウィディウスの『変身物語』をはじめ、後代の神話の集成はこの整理を前提にしている。
『仕事と日々』は、労働と農事を主題にした詩の系譜を開いた。ローマのウェルギリウスの『農耕詩』は、この作品を直接の手本にしている。田園と労働を歌う詩の伝統は、ここに源を持つ。
英雄叙事詩とは別の道を示した点でも重要である。同じ叙事詩の形式を使いながら、神話の整理と、日々の労働という、二つの新しい主題を文学に持ち込んだ。
日本での受容は、ギリシャ古典・神話研究のなかで進んだ。ギリシャ神話の原典の一つとして参照されている。