神統記
- 原題
- Theogonia
- 作者
- ヘシオドス
- 成立
- 前700年頃
- 国
- ギリシャ
- 時代
- 叙事詩の時代
概要
前700年前後に成立したとみられる叙事詩である。約1000行。韻律はイリアスと同じダクテュロス六歩格を用いる。
内容は、世界がどう生じ、神々がどのように生まれ、誰が支配権を得たかの系譜である。物語というより一族の系図に近く、神々の名が世代順に列挙されていく。
構成の骨格は、支配権が三代にわたって暴力的に移ることにある。ウラノス、クロノス、ゼウス。いずれも子が父を倒して位を奪い、ゼウスの代でその連鎖が止まる。
冒頭には、ヘリコン山で羊を飼っていた自分のもとにムーサ(詩神)が現れ、歌う力を授けたという記述が置かれる。作者が名乗り、自分の体験を語る。 ホメロスの作品にこれはなく、ヨーロッパ文学における最初期の署名にあたる。
ヘシオドスは前700年前後の人とされる。作中の記述によれば、父は小アジアのキュメから移住してボイオティアのアスクラに住んだ。自らその土地を「冬は厳しく、夏は苦しく、よい時がない」と評している。
もう一篇の代表作『仕事と日(Erga kai Hemerai)』が現存する。遺産をめぐって争った弟ペルセスに向けて、労働の尊さと農事の実務を説く教訓詩である。神々の系譜を語る詩と、農民の暮らしを説く詩を、同じ作者が書いている。
エウボイア島の競技会で歌って三脚鼎を得たこと、それをヘリコン山のムーサに奉納したことも自ら記す。生涯についてこれ以上のことは分からない。
素材には、近東の神話との共通点が指摘されている。ヒッタイトに伝わる神々の交代の物語や、バビロニアの創世神話と、支配権が世代交代する構造が重なる。ギリシア神話が孤立して生じたのではなく、東方の伝承と接続していたことの証拠として扱われる。
作品がホメロスより前か後かは、古代から議論があった。現在は同時期か、やや後とする見方が多いが、確定していない。
文学史における評価と影響
ギリシア神話の体系の基礎資料である。神々の系譜と世界の生成について、これほどまとまった古代の記述は他にない。後世の神話の記述は、直接・間接にこの詩に依拠する。オウィディウスをはじめ、神話を扱う作品はここから系譜を得ている。
内容の性格については、ホメロスとの対比が長く行われてきた。ホメロスの詩が英雄の行為を扱うのに対し、ヘシオドスの詩は世界の秩序そのものを扱う。神々を物語の登場人物としてではなく、世界を構成する要素として並べる。 カオス、大地、愛、夜といった抽象的な力が神格として最初に置かれることから、後の自然哲学の前段階と位置づける見方がある。
同時に、この詩は政治的な主張を含む。三代の暴力的な交代を経てゼウスの支配が確立し、そこで秩序が完成するという構成は、正義と秩序の起源を語る枠組みになっている。『仕事と日』では、正義がゼウスの下にあることが繰り返し説かれる。
署名のある詩という点も重視される。作者が自分の名を記し、ムーサとの出会いを語り、自分の土地と家族の争いに触れる。書き手が作品の中に現れるという形式のヨーロッパにおける最初期の例にあたる。
パンドラの挿話は、後世の女性観に長く影響した。『仕事と日』では、パンドラが甕を開けてあらゆる災いが人間界に広がり、希望だけが中に残ったと語られる。
日本では訳が読める。短く、『仕事と日』と合わせて一冊になっていることが多い。
内容
ムーサへの呼びかけののち、世界の始まりが語られる。最初にカオス(空隙)が生じ、次いでガイア(大地)、タルタロス(奈落)、エロス(愛)が現れる。カオスからは闇と夜が、ガイアからはウラノス(天)、山々、海が生まれる。
ガイアはウラノスと交わり、ティタン神族、一つ目の巨人キュクロプス、百手の巨人を産む。ウラノスは生まれた子を憎み、地中に押し込めて出さない。苦しんだガイアは鎌を作り、末子クロノスに渡す。クロノスは父の性器を切り落とし、海に投げる。その泡から女神アプロディテが生まれる。 流れた血からは復讐の女神エリニュスと巨人族が生じる。
クロノスが支配者になる。だが自分も子に倒されるという予言を恐れ、生まれた子を次々に呑み込む。妻レイアは末子ゼウスを隠し、代わりに産着に包んだ石を呑ませる。成長したゼウスは父に薬を飲ませて兄姉を吐き出させ、戦いを挑む。
ティタノマキアと呼ばれる十年の戦いが記される。ゼウスは、ウラノスに封じられていた百手の巨人とキュクロプスを解放して味方につける。キュクロプスは雷霆を与える。ティタン神族は敗れ、タルタロスに投じられる。
続いて怪物テュポンとの戦いがある。これも退け、ゼウスの支配が確定する。神々はゼウスを王に推す。
以後、ゼウスの妻たちと子が列挙される。最初の妻メティスは、産む子が父を超えるという予言のため、身重のまま呑み込まれる。支配権の継承を暴力で断ち切る手が、ここでも用いられる。 呑まれたメティスから、ゼウスの頭を割ってアテナが生まれる。
作中には、プロメテウスの挿話も置かれる。人間に有利になるよう供犠の分け前を仕組み、ゼウスを欺いた。ゼウスは人間から火を取り上げ、プロメテウスはそれを盗んで渡す。罰として岩に縛られ、肝臓を鷲についばまれる。人間への罰として、最初の女パンドラが作られる。ここでの記述は女性を災いとして扱っており、後世しばしば問題にされる。
末尾は、女神と人間の男との間に生まれた者たちの系譜になり、途中で終わる。この部分は後代の付加とみられている。