砂の女

作者
安部公房
成立
1962
日本
時代
現代

概要

砂の穴に閉じ込められた男が、脱出をあきらめていく話である。

主人公は昆虫採集に来た教師の男。砂丘の集落で一夜の宿を借りると、それが罠だった。縄梯子で降りた砂の穴の底に一軒家があり、そこに一人の女が住んでいる。 朝になると、梯子は外されていた。

この集落は、絶えず流れ込む砂を、毎夜かき出し続けなければ埋まってしまう。女は、その労働のために、外から来た男を穴に落として働かせる仕組みの一部だった。男は、砂をかき出す労働力として捕らえられたのである。

男は必死で逃げようとする。縄で登ろうとし、女を人質に取り、村人を欺こうとする。だが砂は登れず、あらゆる企てが失敗する。

やがて男は、砂の中に水を溜める装置を発明する。砂の毛管現象を利用して、水を得る仕組みである。この発見が、男を変える。 逃げることより、この装置を村人に見せたいという気持ちが勝ってくる。

最後、梯子が下ろされ、逃げられる機会が来る。だが男は、逃げない。

安部の作品に一貫する「帰属」と「自由」の問いが、この寓話に凝縮されている。

文学史における評価と影響

安部公房の代表作であり、日本の戦後小説で最も広く海外に知られた作品の一つにあたる。

主題は、自由とは何かである。男は、穴から出る自由を求めて闘う。だが最後、出られるのに出ない。砂の中に自分の役割(水の装置)を見出したとき、外の世界へ戻る意味が消える。束縛の中に、別の種類の自由が生まれる、という逆説が書かれている。

寓話としての普遍性が、この作品の強みにあたる。日本の特定の場所や時代に縛られない。流れ込む砂を永久にかき出し続ける労働は、人間の日常そのものの比喩として読める。会社へ通い、同じ作業を繰り返す現代人の生と重なる。

砂の描写が繰り返し評価される。安部は、砂の物理的な性質——流れ、乾き、あらゆるものを埋める——を執拗に書く。その即物的な描写が、抽象的な主題を、生々しい体感に変えている。

勅使河原宏の映画(1964年、武満徹の音楽)が、この作品を国際的に知らせた。カンヌ映画祭で審査員特別賞を受け、砂の質感を白黒の映像で捉えた名作とされる。

この作品は数十の言語に翻訳され、安部はカフカやベケットと並べて論じられる世界的な作家になった。ノーベル文学賞の有力候補とも長く目されていた。

あらすじ

仁木順平という三十代の男が、新種の昆虫を求めて海辺の砂丘へやってくる。男は学校教師で、日常に倦んでいる。珍しい虫を見つけて自分の名を残すことを、密かに夢見ている。

日が暮れ、帰りの便を逃した男は、集落の者に宿を勧められる。案内されたのは、砂丘の斜面にできたすり鉢状の穴の底にある家だった。縄梯子を伝って降りる。

家には、夫と子を砂嵐で亡くした女が一人で住んでいる。女は夜通し、上から流れ込む砂をスコップでかき出し、モッコで運び出している。その作業を怠れば、家は砂に埋もれ、隣の家も、集落全体も埋まってしまう。

翌朝、男が帰ろうとすると、縄梯子がなくなっていた。 男は閉じ込められたのだと悟る。集落は、外から来た者を穴に落とし、砂かきの労働力として使っていた。

男は激しく抵抗する。働くことを拒み、女を縛り、村人が食料と水を止めるまで対抗する。だが、水を断たれれば生きられない。 男は屈し、砂をかき始める。

男は脱出を試み続ける。縄を編んで壁をよじ登ろうとするが、砂が崩れて登れない。ある夜、隙をついて穴を抜け出すが、砂地で道を見失い、底なしの砂に呑まれかけ、村人に助けられて連れ戻される。

時が経つ。男と女のあいだに、奇妙な情が生まれる。二人は暮らし、体を重ねる。男は次第に、穴の生活に順応していく。

ある日、男は、砂の中に埋めた桶に水が溜まっていることに気づく。砂の毛管現象で、水が集まってくる。男はこの仕組みを研究し、「溜水装置」と名づけて改良に熱中する。砂漠のような場所で、水を得る発明である。

この装置が、男の心を変える。逃げることより、この発見を誰かに伝えたいという気持ちが強くなる。穴の中に、自分だけの意味が生まれた。

やがて女が子宮外妊娠で運び出され、穴の上へ通じる縄梯子が、外されないまま残される。

男は、梯子を登って外を眺める。逃げようと思えば逃げられる。

だが男は、逃げない。溜水装置のことを、まだ村人に話していない。逃げるのは、いつでもできる。男は穴の中へ戻っていく。

末尾に、失踪から七年後、男が失踪宣告を受けた旨の裁判所の公告が置かれる。男は、行方不明のまま、砂の中で生きている。

作者

登場する文学史