序曲

原題
The Prelude
作者
ウィリアム・ワーズワース
成立
1805-1850
イギリス
時代
ロマン主義

概要

一人の詩人が、自分の心がどう作られてきたかを最初から順に述べていく長い詩である。全14巻、およそ8000行。分量としては小説一冊分に近い。

書き方は、すなわち韻を踏まない詩である。行の長さは揃っているが行末の響きは揃えないため、文が行をまたいで続き、話し言葉に近い流れになる。ミルトン失楽園で神と人類の物語に使った器を、ワーズワースは自分一人の記憶に使った。

中身は湖水地方での少年時代から始まる。舟を盗んで漕ぎ出したこと、凍った湖でのスケート、鳥の巣を荒らしたこと。次にケンブリッジ大学、ロンドンの雑踏、そしてフランス革命下のフランス滞在が続く。革命への熱狂と、その後の恐怖政治による幻滅が中盤の山になる。最後は、自然との交わりによって荒れた精神が回復する過程で締めくくられる。

題名はワーズワース自身が付けたものではない。生涯これを「私自身の心の成長について書いた詩」と呼び、構想していた大作の序として位置づけていた。その大作は完成しないまま終わり、死の三か月後に妻メアリーが『序曲』と名づけて刊行した。

文学史における評価と影響

詩人自身の心の成長そのものを主題にした、最初の本格的な長詩である。それまで長い詩といえば、英雄の事跡や神話や歴史を語るものだった。ワーズワースは語るべき事跡を持たない一人の人間の内面を、叙事詩の規模と形式で扱った。

その中心にあるのが、後に「時の点(spots of time)」と呼ばれる考え方である。人生のある瞬間の記憶が、その後の精神を支え続ける力を持つ、という。少年期の何気ない体験が、大人になってからも繰り返し立ち返る源になる。記憶が人格を作るという捉え方を詩の構造そのものにした点が、後の自伝文学や、意識を主題とする20世紀の小説につながる。

フランス革命の扱いも重要である。熱狂から幻滅までを、当事者として内側から書いた記録は少ない。夜明けに生きていることが至福だった、という趣旨の一節は、革命初期の高揚を伝える言葉として繰り返し引かれる。

刊行が半世紀遅れたことで、受容はねじれた。1850年の読者にとって、ワーズワースはすでに保守的な老桂冠詩人であり、この詩は過去の遺物と受け取られた。20世紀に入って1805年時点の原稿が校訂されて刊行されると、若い時期の生々しい版と晩年の改稿版の違いが議論になり、現在は複数の版が併記して読まれている。

内容

第1巻・第2巻は湖水地方での幼年期を扱う。夜、他人の舟を無断で漕ぎ出した少年が、岸を離れるにつれて背後の岩山がせり上がって追ってくるように見え、恐怖して引き返す場面が置かれる。自然が慈しむだけでなく、罰し脅すものとしても現れる。

第3巻から第5巻はケンブリッジ大学での学生生活と読書。第7巻はロンドンで、雑踏、見世物、選挙、盲目の乞食といった都市の光景が並ぶ。無数の人が互いを知らずに行き交う様子に戸惑いを示す。

第9巻から第11巻がフランスである。1791年に渡仏し、革命に共感して共和派の将校と交わる。だが恐怖政治が始まり、イギリスとフランスが交戦国になると、祖国の敗北を願う自分に気づいて引き裂かれる。理性ですべてを割り切ろうとして、かえって判断力を失っていく過程が書かれる。

第12巻以降が回復である。妹ドロシーと自然との交わりを通じて精神が立ち直り、最終巻ではスノードン山に夜間登山して、雲海の上に月が出る光景を見る。この経験が、人間の想像力についての結論に接続されて詩は終わる。

作者