文芸思潮唯美主義・世紀末

唯美主義・世紀末

発祥
イギリス
年代
1870–1910
広がり
3 か国 / 7人

テオフィル・ゴーチエが唱えた「芸術のための芸術」が源流にある。芸術は何かの役に立つ必要がない、という主張である。

ジョリス=カルル・ユイスマンスの『さかしま』(一八八四年)は、自然主義の弟子だった作者が外界を遮断して人工の中に閉じこもる主人公を描いたもので、エミール・ゾラの方法からの離反として読まれ、世紀末の感受性の教科書になった。

イギリスではオスカー・ワイルドが機知で社交界の頂点に立ち、ドリアン・グレイの肖像の序文で芸術と道徳の分離を宣言した。だが彼は同性愛を理由に起訴され、二年の重労働刑を受けて出獄後に困窮のうちに死んでいる。

日本では谷崎潤一郎永井荷風泉鏡花耽美派と呼ばれた。自然主義の告白と道徳臭への反発という点で、ヨーロッパの構図と重なる。

この思潮の作家

国ごとにまとめている。同じ思潮が国境をまたいで広がった範囲がここに出る。

日本 3人

フランス 3人

イギリス 1人