ドリアン・グレイの肖像

原題
The Picture of Dorian Gray
作者
オスカー・ワイルド
成立
1890
イギリス
時代
ヴィクトリア朝

概要

1890年に雑誌に発表され、翌1891年に加筆されて単行本になった長篇小説である。ワイルドが書いた唯一の長篇にあたる。

物語の中心にあるのは一枚の肖像画である。美貌の青年ドリアン・グレイは、画家バジルによってその美しさを絵に描かれる。だが完成した絵を見て、絵の中の自分が永遠に若いままなのに、現実の自分は老いていくことを嘆いた。そして、絵のほうが老い、自分が若いままでいられたら、と願う。

その願いが叶ってしまう。以後、ドリアンはどれだけ歳月を重ねても、どれだけ罪を犯しても、若さと美貌を保ち続ける。かわりに屋根裏に隠された肖像画のほうが、老いと堕落を映して醜く変わっていく。絵が良心の身代わりになる。

背景にあるのは唯美主義と呼ばれる立場である。芸術は道徳や役に立つかどうかから切り離され、美だけを追えばよい、という考え方にあたる。ただしこの作品は、その立場の危うさも同時に描いている。

ワイルドは1854年の生まれで、アイルランド出身の詩人・劇作家である。唯美主義の旗手として知られ、機知に富んだ逆説と警句によって社交界の寵児になった。

1890年に雑誌に発表されると、その退廃的な内容によって激しい非難を浴びた。ワイルドは翌年の単行本化にあたって章を追加し、有名な序文を書き加えている。芸術に道徳はない、善い本や悪い本というものはなく、よく書けた本とまずく書けた本があるだけだ、という趣旨の主張である。

この作品の内容は、後にワイルド自身の裁判で不利な証拠として持ち出された。ワイルドは同性愛の罪で告発され、有罪となって投獄されている。出獄後は失意のうちにフランスで客死した。

文学史における評価と影響

唯美主義文学の代表作である。芸術は道徳や有用性から独立して美だけを追えばよい、という立場を体現している。

ファウスト伝説の系譜にも連なる。永遠の若さを得るかわりに魂を差し出す、という契約の主題は、ゲーテファウストマーロウフォースタス博士と共通する。この作品はその近代的な変奏にあたる。ただし相手が悪魔ではなく、契約の証文にあたるものが絵である点が違う。

主題としては、美と道徳の関係が中心にある。ドリアンは美の追求のためにあらゆる道徳を投げ捨て、その果てに破滅する。唯美主義を掲げながら、結末は道徳的な報いの形をとっている。作者の思想とこの結末のあいだには、はっきりした緊張がある。

肖像画という着想がこの作品の核心である。人が自分の罪の記録を外部に隠し、自分は無傷でいる。外に見える美しさと、内側の醜さの分裂を、絵という一つの物が目に見える形にした。この仕掛けは後の文学と映画に繰り返し応用されている。

日本でも早くから訳され、耽美的な文学の古典として広く読まれてきた。翻訳は複数ある。

あらすじ

画家バジル・ホルワードは、非の打ちどころのない美貌の青年ドリアン・グレイに魅せられ、その肖像画を描く。完成した絵は自分の最高傑作だと考え、人前に出すことを渋った。

そのアトリエでドリアンはバジルの友人ヘンリー卿と出会う。皮肉と逆説を並べて快楽主義を説く人物である。若さと美だけが価値であり、それはあっという間に失われる、とドリアンに囁いた。美貌を失う恐怖に駆られたドリアンは、肖像画を前に、自分が若いままでこの絵が代わりに老いてくれれば、と願う。

ドリアンはヘンリー卿の影響のもとで快楽と悪徳の生活に入っていく。まず若い女優シビル・ヴェインと恋に落ちた。だがシビルは、ドリアンを愛したことで舞台の上の恋を演じる必要がなくなり、演技が下手になる。幻滅したドリアンは冷酷に突き放した。絶望したシビルは自殺する。

その翌朝、肖像画がわずかに変わっていることに気づく。口もとに残酷な皺が刻まれていた。ドリアンは、あの願いが叶ったこと、この絵が自分の魂の記録になることを悟る。絵を屋根裏に運び、鍵をかけて隠した。

以後の十八年、ドリアンはあらゆる快楽と悪徳に耽る。だが容貌は少しも衰えない。罪はすべて屋根裏の絵が引き受け、絵は見るに堪えない姿に変わっていく。

ある夜、悪い噂を心配した画家バジルが訪ねてくる。ドリアンはバジルを屋根裏へ連れて行き、変わり果てた絵を見せた。恐怖するバジルを、発作的に刺し殺す。そして知人を脅して死体を薬品で処分させた。

やがてドリアンは罪の重さに耐えられなくなる。あの絵さえなければやり直せる、と考え、自分の良心そのものであるその絵を、バジルを刺したのと同じナイフで切り裂こうとする。

その瞬間、屋根裏から凄まじい悲鳴が上がった。使用人が駆けつけると、壁には若く美しいドリアンの肖像画が元のまま掛かっており、床には胸にナイフを突き立てた老人が倒れている。醜くしわだらけのその死体が誰なのかは、指輪によってようやく判明した。ドリアン・グレイ本人だった。

作者

登場する文学史