テオフィル・ゴーチエ
- 原綴
- Théophile Gautier
- 生没
- 1811–1872
- 出身
- 南フランス・タルブ(オート=ピレネー県)
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
生涯
1811年、南フランスのタルブ(オート=ピレネー県)に生まれ、幼くしてパリに移った。はじめは画家をめざしたが、ユゴーの詩に感激して文学に転じた。若きロマン派の一員として、ユゴーの戯曲『エルナニ』の初演での騒動に、派手な衣装で加わったことは有名である。
やがてロマン派の熱狂から距離を置き、独自の芸術観を深めた。生計のため、長く新聞に美術・演劇・文学の批評を書き続けた。批評家として当代随一の目を持ち、旅行記の名手でもあった。バレエの台本も手がけ、今日も上演され続ける名作『ジゼル』の筋書きは、ゴーチエの案による。
詩人としての評価は、生前は必ずしも高くなかった。だが晩年の詩集で、言葉による造形の美を極め、若い世代の詩人に仰がれた。1872年にパリで没した。
作風
ゴーチエの芸術観の核心は、「芸術のための芸術(ラール・プール・ラール)」である。芸術は、道徳を説いたり、社会に役立ったりするための手段ではない。美そのものが目的であり、それ以外の目的を持たない。小説『モーパン嬢』の序文で、この立場を挑発的に宣言した。
その詩は、造形的で、彫琢されている。詩を、言葉で刻む彫刻や、七宝細工のようにとらえた。感情をあふれさせるのではなく、堅固で完璧な形をつくることを目指した。晩年の詩集『七宝とカメオ』の題そのものが、この工芸品のような詩の理想を示している。
視覚的な描写に、とりわけすぐれる。画家をめざした経歴もあり、色や形、質感を、言葉で精密に描き出した。感傷を排し、対象を明晰にとらえるその手つきは、後の詩の方向を指し示した。
作品
『モーパン嬢(Mademoiselle de Maupin)』(1835年)
長い序文で「芸術のための芸術」を宣言したことで名高い小説である。「真に美しいものは、何の役にも立たないものだけである」という挑発的な一句が、その立場を凝縮している。本文は、性別を偽って生きる女性をめぐる物語だが、その序文における芸術論こそが、文学史に残った。
『七宝とカメオ(Émaux et Camées)』(1852年)
言葉による造形の美を極めた詩集である。感情の吐露ではなく、堅固で完璧な形をもつ詩を集めた。ゴーチエの芸術至上主義を、実作で示した代表作にあたる。
批評や旅行記も多く残し、とりわけスペインやオリエントへの旅を描いた紀行文は、当時の読者に愛された。
文学史における立ち位置と影響
ゴーチエは、「芸術のための芸術」を唱えた詩人・批評家として文学史に名を残す。文学に道徳や実用を求める考えを退け、美そのものを目的とするこの主張は、十九世紀後半の芸術の大きな流れをつくった。
その影響は、次の世代に直接およんだ。ボードレールは詩集悪の華をゴーチエに捧げ、その師と仰いだ。感情や意味よりも、言葉の造形と美を重んじるゴーチエの詩法は、やがて高踏派、そして象徴主義の詩へと受け継がれていく。
感傷を排し、完璧な形を求めるその態度は、近代詩が、社会や道徳から自立していく、その出発点の一つとなった。美の自律を掲げた先駆者として、その位置は確固としている。