危険な関係
- 原題
- Les Liaisons dangereuses
- 作者
- ピエール・ショデルロ・ド・ラクロ
- 成立
- 1782
- 国
- フランス
- 時代
- 18世紀
概要
1782年3月に刊行された小説である。全体が百七十五通の手紙だけで構成される。地の文はなく、匿名の編集者による序文と註だけが外から付く。
作者ラクロは職業軍人で、砲兵の大尉だった。小説はこれ一作しか書いていない。
物語を動かすのは二人である。メルトゥイユ侯爵夫人とヴァルモン子爵。かつて愛人同士で、いまは共謀者として手紙をやりとりしている。二人は退屈しのぎに、身近な人物を標的に選ぶ。修道院を出たばかりの十五歳の娘セシルと、信心深い人妻トゥールヴェル法院長夫人である。
書簡体という形式が内容と噛み合っている。読者は同じ出来事について、当事者それぞれの手紙を読む。ヴァルモンがトゥールヴェル夫人に送った真剣な恋文と、同じ日に侯爵夫人へ送った戦況報告が並ぶ。どちらが本心かは、読み進めても確定しない。
ラクロは1741年、アミアンの新興の貴族の家に生まれた。砲兵学校を出て軍務に就いたが、実戦の機会がないまま地方の駐屯地を転々とした。小説を書いたのはその時期で、休暇を取って執筆している。
刊行されると短期間で版を重ねた。同時に、貴族社会を貶めるものとして非難も受けた。マリー・アントワネットは装丁に題名を入れずに所蔵していたと伝えられる。ラクロは軍務での昇進を絶たれ、以後は小説を書かなかった。
序文の扱いも作品の一部にあたる。「編集者の覚え書き」は、これは実在の書簡集ではなく作り物だと断る。その前に置かれた「出版者の序文」は、これは実際の手紙だと述べる。二つの序文が互いに矛盾したまま並ぶ。
フランス革命後、ラクロはオルレアン公に仕え、後にナポレオンのもとで准将となった。1803年、南イタリアの任地で死去している。砲弾の設計者としても知られ、その改良は実用化された。
文学史における評価と影響
18世紀の書簡体小説の到達点として扱われる。リチャードソンの『パミラ』『クラリッサ』、新エロイーズが先行するが、これらでは手紙が心情の告白として使われる。ラクロは手紙を武器として使った。誰に何を書くかが行動そのものになり、書き手は相手ごとに別人になる。
同じ出来事が複数の手紙に現れることで、真実が確定しない構造も指摘される。子爵がトゥールヴェル夫人を本当に愛していたのかは、最後まで決まらない。子爵自身が否定し、侯爵夫人は肯定し、行動はどちらとも取れる。
道徳的な扱いをめぐる議論も長い。作品は悪事を働いた者を罰して終わる。しかしその罰は、悪事そのものではなく、手紙が公開されたことによる。悪が裁かれたのか、単に露見しただけなのかは読み手に委ねられる。
革命前夜の貴族社会を描いた記録としても読まれてきた。仕事も義務も持たない人間が、退屈を埋めるために他人を破壊する。この読み方は19世紀から繰り返されている。
映画の原作として何度も使われた。1988年のスティーヴン・フリアーズ監督作、1989年のミロス・フォアマン監督作、舞台を1990年代のアメリカの高校に移した1999年の作品などがある。
あらすじ
メルトゥイユ侯爵夫人は、離婚した貴族の女で、社交界では貞淑で通っている。ある日、かつての恋人ジェルクール伯爵が、修道院を出たばかりのセシル・ヴォランジュと結婚することを知る。侯爵夫人は復讐を思いつく。婚礼の前にこの娘を「仕込んで」おけば、伯爵は恥をかく。
侯爵夫人はヴァルモン子爵に手紙を書き、この仕事を頼む。子爵は女を落とすことを競技のように扱っている男である。
だが子爵は断る。すでに別の獲物に取りかかっているという。伯母の城に滞在しているトゥールヴェル法院長夫人——夫が任地に出ており、信心深く、貞節で知られる女である。子爵は、この女を落としてこそ意味があると考えている。
侯爵夫人は取引を持ちかける。トゥールヴェル夫人を落とした証拠を書面で見せれば、自分がもう一度その相手をしてやる。
子爵はトゥールヴェル夫人への攻略を始める。貧しい農民の借金を代わりに払う場面を、あらかじめ人を使って夫人に見せる。夫人の召使いを買収して手紙を検める。娼婦の背中を机代わりにして、夫人宛ての恋文を書く。
一方、セシルの側でも仕掛けが進む。セシルは若い音楽教師ダンスニ騎士と互いに惹かれている。侯爵夫人は二人の恋の相談役を装って近づき、母親に密告して手紙のやりとりを難しくする。困ったセシルと騎士は、子爵を仲介者として頼るようになる。
子爵は城でセシルの部屋の合鍵を手に入れ、夜に忍び込んで関係を持つ。セシルは母にも騎士にも言えないまま、以後も続けることになる。
トゥールヴェル夫人は最後まで抵抗するが、やがて子爵に応じる。子爵は喜びの手紙を侯爵夫人に送る。
ここで侯爵夫人は約束を果たさない。子爵が本気でトゥールヴェル夫人を愛していると見抜き、そんな状態の相手は要らないと言う。子爵は否定する。侯爵夫人は、それなら別れて証明しろと迫る。
子爵はトゥールヴェル夫人に決別の手紙を送る。侯爵夫人が下書きした文面をそのまま写したもので、同じ一句を繰り返す形になっている。夫人は倒れ、修道院に入って死ぬ。
子爵は約束の履行を求めるが、侯爵夫人は応じない。二人は決裂し、互いを潰しにかかる。
侯爵夫人はダンスニ騎士に、子爵とセシルのことを教える。騎士は子爵に決闘を申し込む。子爵は勝てる場面でわざと剣を受け、致命傷を負う。死ぬ前に、侯爵夫人から受け取った手紙の束を騎士に渡す。
手紙は公開される。侯爵夫人が社交界で保ってきた評判は一夜で崩れる。訴訟にも敗れて財産を失い、天然痘にかかって片目を失い、顔が崩れる。オランダへ逃げる。
セシルは修道院に戻る。ダンスニ騎士はマルタ島へ去る。トゥールヴェル夫人の死を知らせる手紙で作品は終わる。