エルナニ

原題
Hernani
作者
ヴィクトル・ユゴー
成立
1830
フランス
時代
19世紀

概要

五幕の韻文劇である。舞台は16世紀初頭のスペイン。

主人公エルナニは、父を先王に処刑され、爵位も領地も奪われて山賊になった貴族の青年である。ドニャ・ソルという娘を愛しているが、この娘を他に二人の男が求めている。娘の後見人であり婚約者でもある老大公ドン・ルイ・ゴメスと、若き国王ドン・カルロス——後の神聖ローマ皇帝カール五世である。一人の娘をめぐる三人の男の争いが劇の骨格をなす。

この作品が文学史に残っている最大の理由は、上演された作品としてではなく、初日に起きた事件による。1830年2月25日、フランス古典劇の牙城コメディ=フランセーズでの初演の夜、劇場は罵声と喝采の飛び交う戦場になった。これが「エルナニ合戦」である。

騒ぎは冒頭の台詞から始まった。一行目で文が行の途中で切れ、次の行にまたがっている。古典主義の規則ではあってはならない破格で、この一行だけで場内は騒然となった。 以後も、三一致の法則の無視、高貴な語彙と卑俗な語彙の混在、山賊が主人公であること——古典劇の掟を破るたびに客席が沸いた。

ユゴーはこれを意図してやっている。1827年に戯曲『クロムウェル』の序文でロマン主義演劇の宣言を発表しており、この作品はその実践だった。古典主義の本拠地で、その規則を破る劇を上演する。 正面からの挑戦である。

支持者たちも準備していた。ゴーティエをはじめとする若い芸術家が大挙して詰めかけ、ゴーティエは赤いチョッキを着て現れた。この姿がロマン主義の象徴として語り継がれることになる。騒動は数十日の上演のあいだ続いた。

文学史における評価と影響

フランス・ロマン主義演劇の勝利を決定づけた作品とされる。以後、フランスの演劇は古典主義の規則から解き放たれた。

「エルナニ合戦」という事件そのものが、文学史の一齣になっている。文学の新旧の対立が劇場での実力行使にまで及んだ稀な例で、以後の前衛運動が初演を「事件」として演出する型を作った。

作品としての性格は名誉の劇にあたる。中心にあるのは角笛の約束である。エルナニは大公に角笛を渡し、いつでもこれを吹け、その音を聞いたら死ぬ、と約束する。そして婚礼の夜、幸福の絶頂で角笛が鳴る。破ることもできたはずの約束を守って死ぬという選択が、この劇に悲劇的な必然を与えている。

カール五世の造形もしばしば注目される。第四幕、アーヘンの大帝の墓前での長大な独白を境に、放埒な若い王が責任ある君主へ変わる。権力とは何かを問うこの独白は、ユゴーの政治的な関心をよく示している。

この作品は後にヴェルディによってオペラ『エルナーニ』になった。

あらすじ

16世紀初頭、スペイン、サラゴサ。

ドニャ・ソルは老いた大公ドン・ルイ・ゴメスの姪であり、被後見人である。大公はこの若く美しい姪と結婚しようとしている。だがドニャ・ソルが愛しているのは山賊の首領エルナニである。エルナニはもと貴族で、父を先王に処刑され、山にこもって王家への復讐を誓っている。

さらに若き国王ドン・カルロスもドニャ・ソルに目をつけている。第一幕、カルロスはドニャ・ソルの部屋に忍び込み、そこでエルナニと鉢合わせする。一人の娘の部屋に三人の男が居合わせる場面から、この劇は始まる。

エルナニはドニャ・ソルと駆け落ちを企てる。だが国王カルロスが先にドニャ・ソルをさらってしまう。

第三幕。エルナニは巡礼に身をやつして大公ゴメスの城に逃げ込む。ちょうどその日、大公とドニャ・ソルの婚礼の支度が進んでいた。エルナニは正体を明かし、自分の首に賞金がかかっていることを告げ、大公に引き渡してくれと言う。

だが大公は拒む。客を迎え入れた以上、たとえ恋敵であってもその身を守るのがカスティーリャの貴族の名誉である。追ってきた国王カルロスに対し、大公は先祖代々の肖像画の前で断固として引き渡しを拒む。カルロスは代わりにドニャ・ソルを人質として連れ去る。

国王が去った後、大公はエルナニに決闘を迫る。エルナニはそれを受けず、代わりに角笛を渡してこう言う。いつでもこの角笛を吹け、その音を聞いたら私は死ぬ。ドニャ・ソルを救い出すまで生かしてくれ、そのあとはいつでも命を差し出す、という契約である。二人は共に国王へ立ち向かうことになる。

第四幕。アーヘンのカール大帝の墓所。国王カルロスは神聖ローマ皇帝の選挙の結果を待ち、そこで長大な独白を語る。権力とは何か。皇帝となる者の責任とは何か。やがてカルロスは皇帝に選出される。

皇帝となったカルロスは変わる。エルナニらの暗殺の陰謀が露見するが、カルロスは大帝の墓前ですべてを赦す。 エルナニの爵位を返し、ドニャ・ソルとの結婚を認める。二人はついに結ばれる。

第五幕。婚礼の夜。エルナニとドニャ・ソルは幸福の絶頂にある。そのとき、遠くから角笛の音が響く。 大公ゴメスが約束の履行を求めに来たのである。エルナニは約束に縛られている。大公は毒を差し出す。

ドニャ・ソルは必死に慈悲を乞う。だが大公は聞き入れない。ドニャ・ソルは毒を奪って先に飲む。 エルナニも続いて飲む。二人は互いの腕の中で息絶える。それを見た大公も自ら命を絶つ。婚礼の夜が三人の死で閉じられる。

作者

登場する文学史