歳月

作者
アニー・エルノー
成立
2008
フランス
時代
20世紀以降

概要

戦後から現代までの60年余りを個人史と時代史を重ねて描いた大作である。

アニー・エルノーは、場所などで自伝的な作品を書いてきた。この『歳月』は、その集大成にあたる、独創的な自伝である。 ノーベル文学賞受賞の大きな理由の一つとされる。

この作品の最大の特徴は、その語りにある。エルノーは自分の人生を「私(je)」ではなく、「彼女(elle)」、あるいは「私たち(on/nous)」として、語る。個人の物語でありながら、それを一つの世代の集合的な記憶として、描くのである。

物語は一九四〇年代の著者の子ども時代から始まり、二〇〇〇年代までおよそ六十年の歳月をたどっていく。そこには著者個人の人生——成長、結婚、出産、離婚、老い——が、描かれる。 だがそれは、つねに時代の出来事と重ね合わされている。

戦後の復興、消費社会の到来、五月革命、テレビや広告の氾濫、そして技術の変化。個人の記憶がその時代を生きた、人々みなの共通の記憶へと溶け込んでいく。

一人の女性の一生とフランスの戦後史の全体とが、分かちがたく織り合わされた、記憶の書である。

文学史における評価と影響

アニー・エルノーの集大成とされる作品であり、その独創的な方法によって、現代自伝文学の新しい形を示したとされる。

この作品の独創は「非人称的な自伝」という方法にある。ふつう、自伝は、「私」の物語である。だがエルノーは自分を「彼女」「私たち」と呼び、個人の記憶を一つの世代の集合的な記憶へと開いていく。 「私」の物語がそのまま、時代を生きた「私たち」みなの物語になる。

主題は時の流れと記憶である。六十年の歳月のなかで社会は、大きく変わった。モノが言葉が価値観がめまぐるしく移りゆく。 エルノーは、その変化を写真や、記憶の断片や、流行語を丹念に拾い上げながら、記録していく。過ぎ去っていくものへの深い感覚が、作品を貫いている。

個人と社会の融合という、エルノーの一貫した方法が、ここで極限に達する。場所で父の生涯を階級の問題として描いたようにこの作品では自分の一生を時代そのものの記録として、描く。 私的なものと歴史的なものとが、完全に一体となる。

現代フランスの集団的な記憶を一冊に凝縮したこの作品は、二十一世紀の自伝文学の記念碑的な達成とされる。多くの言語に翻訳され、エルノーのノーベル文学賞受賞の中心的な作品となった。

内容

『歳月』はアニー・エルノーが、自らの人生を通して、戦後フランスの六十年余りを描いた、自伝的な作品である。

この本を読み始めた者は、まずその独特の語り口に気づく。エルノーは自分自身のことを「私」とは呼ばない。代わりに「彼女」と、三人称で語ったり、「私たち」と、複数形で語ったりする。個人の人生でありながら、それは、同じ時代を生きた、世代全体の共通の体験として、描かれる。

物語はいくつもの写真の描写を区切りとして、進んでいく。幼い少女の写真、若い女性の写真、母となった女性の写真、そして老いた女性の写真。その一枚一枚の写真を起点にエルノーは、それぞれの時代の記憶を呼び起こしていく。

時代は第二次世界大戦の直後、一九四〇年代から始まる。戦後のモノの乏しい、つましい暮らし。 そして時が進むにつれ、社会は、大きく変わっていく。

一九五〇年代、六〇年代には、消費社会が、到来する。冷蔵庫、テレビ、自動車。次々に新しいモノが人々の生活に入り込んでくる。一九六八年には五月革命が、社会を揺るがす。広告と流行と新しい言葉が、氾濫していく。

その時代の大きなうねりのなかで著者個人の人生も、刻まれていく。田舎の少女だった「彼女」は、教育を受け、教師となり、結婚し、子を産み、そして離婚する。 母を看取り、自らも、老いへと向かっていく。

エルノーはその個人の記憶をつねに時代の記憶と重ね合わせる。その時々の流行語、歌、ニュース、商品の名前。それらは著者一人のものではなく、その時代を生きた、フランス人みなの共通の記憶である。「私」の記憶が「私たち」の記憶へと溶け込んでいく。

そして物語は二〇〇〇年代の現代へとたどり着く。技術はさらに進み、時の流れは、いっそう速くなっていく。

過ぎ去っていく、無数のモノと言葉と出来事。それらとともに変わりゆく、一人の女性の一生。個人の人生と時代そのものとを分かちがたく織り合わせて、この記憶の大作は、静かに閉じられる。

作者

登場する文学史