エヴゲーニイ・オネーギン

原題
Yevgeny Onegin
作者
アレクサンドル・プーシキン
成立
1833
ロシア
時代
黄金時代

概要

1823年から1831年にかけて書かれ、章ごとに分冊で発表されたのち、1833年に全篇が一冊にまとまった。全八章。散文ではなく韻文で書かれており、韻文小説と呼ばれる。

詩の形式はプーシキンが自ら作った。十四行を決まった押韻の順序で組み、それを一節として全篇を通す。後にオネーギン・スタンザと呼ばれるようになった形式で、この作品のためだけに作られ、他の詩人がほとんど使っていない。

語り手は作者に近い立場で顔を出し、筋を進める途中で読者に話しかけ、脱線し、自分の過去を語り、批評家をからかう。物語と、それを語っている現在との二重の層がある。

筋そのものは単純である。都会に飽きた青年が地方に移り、地元の娘に愛されるが退ける。数年後に再会したとき、立場が逆転している。この作品では、二人が結ばれない理由が、性格の不一致でも障害でもなく、時機の食い違いだけに置かれている。

執筆は南方への流刑中に始まった。1820年、プーシキンは政治的な詩が問題視されて首都を追われ、南ロシアとその後の実家の領地で監視下に置かれた。第一章の執筆は1823年、キシニョフでのことである。全篇の完成までに七年を要した。

途中で書かれ、削られた章がある。オネーギンの旅を扱った章は断片として残され、デカブリストの乱に関わるとみられる章は破棄された。1825年に起きたこの反乱には、プーシキンの友人が多数関わって処刑・流刑となっており、作品の時代設定はその直前にあたる。

タチヤーナの造形は、しばしばプーシキン自身の言葉とともに語られる。書いている途中でタチヤーナが自分の意に反して結婚してしまった、という趣旨の発言を友人に伝えたという逸話が残る。

作品と作者の死は、決闘という点で重なる。1837年、プーシキンは妻をめぐる中傷から決闘を行い、腹部を撃たれて二日後に死去した。37歳だった。

文学史における評価と影響

ロシア文学の起点に置かれる作品である。この時代のロシアの上流社会はフランス語で会話し、文学の規範も西欧から借りていた。プーシキンは、話し言葉に近いロシア語で、貴族社会も地方の生活も同じ文体の中に収め、ロシア語が文学の言語として通用することを示した。批評家ベリンスキーは、この作品を「ロシアの生活の百科事典」と呼んでいる。

オネーギンという人物は、以後のロシア文学で繰り返し現れる型の最初の例にあたる。教養があり、能力もありながら、何にも本気になれず、社会の中に居場所を見出せない貴族の青年。この型は余計者と呼ばれるようになり、レールモントフツルゲーネフゴンチャロフオブローモフへと引き継がれた。

タチヤーナの側の評価も高い。ドストエフスキーは1880年のプーシキン記念講演でこの人物を論じ、他人の幸福を犠牲にして自分の幸福を得ることを拒む姿に、ロシア的な精神の理想を見た。この講演は当時大きな反響を呼び、以後の解釈に影響を残している。

翻訳の難しさでも知られる。厳密な韻律と、脱線を含む語り口が同時に成り立っている作品で、韻を優先すれば意味が犠牲になり、意味を取れば形式が消える。ナボコフは韻を捨てた逐語訳と厖大な注釈を英語で刊行し、韻文訳を選んだ訳者との間で論争になった。

チャイコフスキーが1879年にオペラ化しており、こちらから作品を知る例も多い。日本でも複数の訳が出ている。

あらすじ

第一章。ペテルブルグの青年エヴゲーニイ・オネーギンは、舞踏会と劇場と恋の駆け引きに明け暮れたのち、すべてに倦んでいる。伯父の死により地方の領地を相続し、田舎へ移る。

第二章。隣に、ドイツ帰りの若い詩人ウラジーミル・レンスキーが住んでいる。ロマン派の詩に心酔し、近隣のラーリン家の娘オリガと婚約している。オネーギンとレンスキーは正反対の性格でありながら親しくなる。オリガの姉タチヤーナは、内気で、フランスの恋愛小説を読んで育った娘である。

第三章。タチヤーナはオネーギンに恋し、夜通しかけて愛を打ち明ける手紙を書く。当時の作法では、未婚の娘が男に手紙を書くこと自体が身を危うくする行為である。手紙はフランス語で書かれたという設定になっている。

第四章。オネーギンは庭でタチヤーナに会い、率直に断る。自分は家庭に向かない、結婚すればあなたを不幸にするだけだ、感情を抑えることを学びなさいと諭す。

第五章から第六章。タチヤーナの聖名日の祝いに招かれたオネーギンは、退屈しのぎと、レンスキーへの腹立ちから、オリガとばかり踊る。レンスキーは決闘を申し込む。オネーギンは断ることもできたが、世間の目を気にして受ける。決闘の朝、オネーギンが先に撃ち、レンスキーは死ぬ。オネーギンは領地を離れ、各地を放浪する。

第七章。オリガはまもなく別の男と結婚して去る。タチヤーナは空いたオネーギンの屋敷を訪ね、書斎の本に残された書き込みを読み、この男が何者だったのかを考える。母に連れられてモスクワへ出て、結婚市場に出される。

第八章。数年後、ペテルブルグの舞踏会でオネーギンは、公爵夫人となったタチヤーナに再会する。落ち着いた威厳のある女性になっている。今度はオネーギンが恋に落ち、手紙を書き、返事がないまま何通も送る。ようやく会えた場面で、タチヤーナは、自分は今もあなたを愛していると認めたうえで、こう告げる。自分は他人の妻であり、生涯その人に誠実であり続ける。オネーギンを残して立ち去る。夫の足音が近づいたところで、作品は終わる。

作者

登場する文学史