夏目漱石
- 生没
- 1867–1916
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
何をやったか
英文学を専門とする学者として出発し、三十八歳で小説を書きはじめて十年あまりで没した。作家としての活動期間は短いが、その間に文体も主題も大きく変えている。
出発点の吾輩は猫である(一九〇五〜〇六年)と坊っちゃん(一九〇六年)は、諧謔と勢いで読ませる作品である。ところが晩年に近づくほど作品は暗くなり、こころ(一九一四年)では友を裏切った罪の意識を抱えたまま生きられなくなる人間を書いた。十年でここまで振れ幅のある作家は近代日本文学に多くない。
一九〇七年に朝日新聞社へ入社し、以後は新聞連載の形で小説を発表した。大学の職を捨てて新聞社に入る選択は、当時としては異例である。
文学史における位置
森鴎外と並ぶ、西洋を内側から見たうえで日本語で書いた最初の世代にあたる。文部省派遣でイギリスに留学し、そこで神経を病んだ。英文学を研究しようとして、自分が何を基準に文学を判断しているのか分からなくなった、という趣旨のことを後に述べている。
この経験から出てきた「自己本位」という考え方——他人(西洋)の尺度で自分を測ることをやめ、自分の側に基準を置く——は、近代の日本の知識人が直面した問題を最も明確に言語化したものとして読み継がれている。
同時代の主流だった自然主義とは距離を取った。作者自身の身辺を告白する方向へ向かった田山花袋らに対し、漱石は虚構の構成の中で人間の心理を扱っている。この立場は「余裕派」「高踏派」と呼ばれた。
門下からは芥川龍之介をはじめ多くの書き手が出ており、近代日本文学の系譜の結節点になっている。
代表作
- 吾輩は猫である(一九〇五〜〇六年)— 猫の視点から人間を観察する。デビュー作
- 坊っちゃん(一九〇六年)— 松山での教師体験が下敷き。最も広く読まれている
- こころ(一九一四年)— 罪の意識と、明治という時代の終わり
何から読むか
坊っちゃんが最も入りやすい。短く、話が速く、文体の勢いがそのまま読む力になる。
そのうえでこころへ進むと、同じ作者とは思えない落差に気づく。この落差自体が漱石を読む面白さであり、順番としてはこの二作を先に読むのが理にかなっている。
著作権保護期間が満了しているため、主要作品は青空文庫で全文を読める。