カンティ
- 原題
- Canti
- 作者
- レオパルディ
- 成立
- 1835
- 国
- イタリア
- 時代
- 統一運動期・近代
概要
1831年にフィレンツェで刊行され、1835年のナポリ版で増補された詩集である。四十一篇を収める。原題は「歌」を意味する。
主題は一貫している。人間は幸福を求めるようにできているが、それは得られない。自然は人間を配慮して作られておらず、無関心である。この認識を、嘆きではなく観察として書くのがレオパルディの詩の姿勢にあたる。
初期の詩には、イタリアの現状を嘆く政治的な調子がある。中期の作品群では、故郷レカナーティの風景と、少年時代の記憶と、待ち望んだものが訪れなかったことが扱われる。晩年の作品では、認識がより厳しくなり、自然を母ではなく継母と呼ぶ。
形式の面では、伝統的な韻律を用いながら、行の長さと押韻を自由に扱う。特定の詩形に従わない自由なカンツォーネの形が多く、後のイタリア詩に影響を与えた。
レオパルディは1798年、教皇領のレカナーティに生まれた。伯爵家の出だが家運は傾いていた。父は蔵書一万数千冊の書庫を持ち、レオパルディは家庭教師をつけられたのち独学で古典語を修めた。十代でギリシア語・ラテン語・ヘブライ語を読み、文献学の論文を書いている。
過度の読書と姿勢の悪さにより、十代のうちに脊椎が変形し、視力も損なわれた。以後、生涯にわたって病苦が続く。
詩作は1817年頃から始まる。故郷を出たいという願いは長く叶わず、1822年に初めてローマへ出たが失望して戻った。以後、ミラノ、ボローニャ、フィレンツェ、ピサを転々とし、著述で生計を立てようとしたが安定しなかった。
思索の記録として、『ジバルドーネ(Zibaldone)』と題する厖大な手記を残している。1817年から1832年まで書き継がれた四千頁を超える覚書で、哲学、文献学、心理、言語をめぐる考察が並ぶ。生前は未公刊で、1898年に初めて刊行された。この手記の公刊によって、詩人としてだけでなく思想家としての評価が確立した。
散文では『オペレッテ・モラーリ(Operette morali)』がある。神話上の人物や擬人化された存在が対話する短篇集で、自然が人間に無関心であるという考えが明確に述べられる。
1837年、ナポリで死去した。38歳だった。折しもコレラが流行しており、埋葬の記録には不明な点が残る。
文学史における評価と影響
イタリア近代詩の出発点に置かれる。ダンテ、ペトラルカの伝統を継ぎながら、詩の主題を宗教的な救済からも国民的な理想からも切り離した。
思想の面では、ペシミズムの系譜で論じられることが多い。ほぼ同時代のドイツのショーペンハウアーと並べられ、両者の類似が指摘されてきた。ただしレオパルディは体系を作らず、認識を詩と手記の形で残した。
その内容は、単純な厭世とは異なる。初期には、古代人は自然についての幻想を持てたから幸福だったが、理性がそれを壊したという歴史的な見方をとる。後期の「エニシダ」では、幻想に戻ることを拒み、認識を保ったまま人間同士が連帯すべきだという方向を示す。絶望を出発点にして倫理を組み立てようとした点が、この詩人の位置を決めている。
19世紀のイタリアでは、統一運動の時代にあって、国民を鼓舞しない詩人として扱いに困る存在だった。20世紀に入って評価が高まり、モンターレ、ウンガレッティら現代詩人がその言語を参照した。国外ではニーチェ、ベケットが読者として知られる。
「無限」はイタリアで最も暗誦される詩の一つで、教科書に必ず載る。日本では抄訳が中心で、『オペレッテ・モラーリ』と『ジバルドーネ』の抄訳も読める。
内容
「無限(L'infinito)」は最も知られた一篇で、十五行しかない。丘の上の生垣が視界を遮っている。その向こうが見えないため、かえって果てしない空間と永遠の沈黙を思い描くことになる。風の音が聞こえ、その音と沈黙を比べる。見えないことによって無限が生まれるという構造がここに置かれ、詩は、この海に溺れることは甘美だという一句で閉じられる。
「シルヴィアに(A Silvia)」は、若くして死んだ娘への呼びかけの形をとる。機を織りながら歌っていた少女の姿と、二人がそれぞれ抱いていた将来への期待が語られる。少女は病で死に、詩人の期待も同じように潰えた。自然に対して、なぜ約束したものを与えないのかと問う。
「村の土曜日(Il sabato del villaggio)」は、日曜の前日の村を描く。娘たちが花を持って帰り、老婆が昔を語り、職人が明日の休みを楽しみに仕事を片づける。期待している時間のほうが、来てしまった日より幸福であるという認識が示され、少年に向かって、これから来る日々を楽しみに思っていなさい、それ以上は言うまいと語りかける。
「アジアの遊牧民の夜の歌(Canto notturno di un pastore errante dell'Asia)」では、羊飼いが月に問いかける。なぜ昇り、なぜ沈むのか。この歩みに何の意味があるのか。羊は自分の惨めさを知らない分だけ幸福ではないかと考え、それでも羊に生まれても幸福ではなかっただろうと結ぶ。
最後期の「エニシダ(La ginestra)」は、ヴェスヴィオ火山の斜面に咲く低木を扱う。溶岩が覆った不毛の地に、この花だけが根を下ろしている。詩人は、人間の進歩を誇る同時代の楽観を批判し、自然の力の前で人間がいかに小さいかを述べる。そのうえで、互いを敵とせず、共通の敵である自然に対して手を結ぶべきだという主張を示す。絶望の詩人とされてきたレオパルディの最も社会的な一篇にあたる。