パルチヴァール
- 原題
- Parzival
- 作者
- ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ
- 成立
- 1200-1210頃
- 国
- ドイツ
- 時代
- 中世
概要
1200年から1210年頃に成立した中世高地ドイツ語の叙事詩である。約二万五千行。作者ヴォルフラムは騎士身分の詩人で、自らを学のない者と称しているが、内容は博識に満ちている。
主題は、聖杯である。聖杯は、キリスト教の伝説で、最後の晩餐に用いられた杯とされるが、この作品では、天から地上に置かれた不思議な石として描かれる。それを守る一族と、その王になる定めを負った青年パルチヴァールの物語である。
物語は、青年の成長の過程を追う。母に育てられて世間を知らずに育った少年が、騎士に憧れて旅立ち、失敗を重ね、絶望し、長い遍歴を経て、ついに聖杯の王となる。未熟な人間が、試練を通して成熟に至るという筋立てをとる。
この作品は、フランスのクレチアン・ド・トロワの未完の物語を土台にしている。ヴォルフラムはそれを大幅に拡張し、独自の結末を与えた。
ヴォルフラムは、南ドイツのバイエルン地方の騎士だったとみられる。テューリンゲンの方伯の宮廷に出入りしていた。生没年は不明で、1200年前後に活動した。
主な典拠は、クレチアン・ド・トロワのフランス語の物語『ペルスヴァル、または聖杯の物語』である。だがこの作品は未完で、主人公が聖杯の城を再訪する前に途切れている。ヴォルフラムは、その続きを独自に創作し、聖杯の王になるまでを完結させた。
ヴォルフラムは、自分はクレチアンではなく、キョートというプロヴァンスの人物の伝えたものにもとづくと述べている。このキョートという典拠は、現在では実在しないヴォルフラムの創作とみるのが通説である。
聖杯を石とし、天使が地上に運んだものとする設定は、この作品に独特のものである。他の聖杯伝説では杯や皿とされることが多い。聖杯を守る一族を「テンプル騎士」と呼ぶことも、この作品の特徴にあたる。
異教徒への態度も注目される。異母兄フェイレフィースは肌の色が白黒まだらの異教徒として描かれるが、卑しめられず、洗礼を受けて仲間になる。十字軍の時代に、異教徒との和解を描いた点は、しばしば指摘される。
文学史における評価と影響
中世ドイツ文学の最高峰とされる叙事詩である。同時代のドイツ宮廷叙事詩の中でも、規模と思想の深さで抜きん出ている。
物語の型としては、教養小説の遠い祖先にあたる。未熟な主人公が、失敗と試練を通じて成熟し、自らの使命を果たす。この成長の構造は、ゲーテのヴィルヘルム・マイスターの修業時代をはじめとする後のドイツ小説に受け継がれた。主人公が問いを発しなかったことで罪を負うという主題は、行動だけでなく、共感の欠如が罪になりうることを示している。
聖杯伝説の系譜においても、この作品は重要な位置を占める。聖杯物語には、フランス系の諸作や、後のマロリーのアーサー王の死などがあるが、聖杯を石とし、独自の結末を与えたこの作品は、その中で際立っている。
後世への影響で最も大きいのは、ワーグナーの楽劇『パルジファル』である。ワーグナーはこの叙事詩を素材にしたが、内容を大きく改変し、より宗教的で象徴的な作品にしている。両者は別の作品として扱う必要がある。
近代以降、この作品は、心理的な成長の物語として読み直されてきた。世間知らずの純真さ、罪の自覚、絶望と信仰の回復という過程は、人間の内面の発展の寓話として解釈される。
日本でも訳が読める。長大で、中世の騎士道と宗教の知識があると読みやすい。
あらすじ
パルチヴァールの父は、騎士として異国で戦い、東方の女王と結ばれて子をなしたのち、また別の地で死ぬ。母ヘルツェロイデは、夫を戦で失った悲しみから、息子を騎士の世界から遠ざけようとする。森の奥で、騎士というものの存在すら教えずに育てる。
ある日、少年は森で騎士の一団と出会う。その輝きに魅せられ、自分も騎士になると言って旅立つ。母は、粗末な道化の服を着せて送り出す。せめて醜い格好をさせれば、世間の恥を受けて戻ってくると思ったのである。母は、息子を見送った直後に、悲しみのあまり死ぬ。
世間知らずの少年は、道中で数々の無作法を犯す。教えられたことを字義通りに受け取り、人を傷つける。だが生来の資質によって、アーサー王の宮廷に迎えられ、騎士に叙せられる。
やがて、聖杯を守る城にたどり着く。城主のアンフォルタス王は、癒えることのない傷に苦しんでいる。パルチヴァールは、豪奢な聖杯の儀式を目にするが、王がなぜ苦しんでいるのかを問わない。 余計な口をきくなと教えられていたためである。翌朝、城は消え、パルチヴァールは一人残される。
後にパルチヴァールは知る。あのとき王に「どこが悪いのですか」と問うていれば、王の傷は癒え、自分は聖杯の王になれたのだ、と。問うべきときに問わなかったことが、罪となる。聖霊降臨祭のアーサー王の宮廷で、聖杯の使者が現れ、パルチヴァールを名指しで呪う。
絶望したパルチヴァールは、神を呪い、宮廷を去る。長い遍歴の年月が続く。ある聖金曜日、隠者トレヴリツェントのもとを訪れ、聖杯の秘密と、自分の犯した過ちの意味を教えられる。神への信仰を取り戻す。
やがて、異教徒の騎士との一騎打ちがある。互角の激闘の末、相手が異母兄弟——父が東方の女王との間にもうけた子フェイレフィース——であることが分かる。キリスト教徒と異教徒の兄弟が、和解する。
ついにパルチヴァールは、再び聖杯の城へ導かれる。今度はアンフォルタス王に、その苦しみを問う。王の傷は癒え、パルチヴァールは聖杯の王となる。異母兄フェイレフィースは洗礼を受け、聖杯の乙女と結ばれて東方へ帰る。その子孫が、後の伝説の司祭王ヨハネであるとされる。