ニーベルンゲンの歌

原題
Das Nibelungenlied
作者
作者不詳
成立
1200頃
ドイツ
時代
中世

概要

1200年前後に成立した中世高地ドイツ語の叙事詩である。全三十九歌章、約二千四百の詩節からなる。作者は不明で、南ドイツかオーストリアの宮廷に仕えた人物と推測される。

物語は二部に分かれる。前半は、竜を退治して無敵の身となった英雄ジークフリートが、ブルグント王家に迎えられ、策略によって殺されるまで。後半は、その妻クリームヒルトが、夫を殺した一族に復讐を遂げ、双方が滅び去るまでを描く。

この叙事詩の後半は、徹底した破滅の物語である。クリームヒルトの復讐は、殺害の下手人だけでなく、ブルグントの一族すべてを巻き込み、最後にはクリームヒルト自身も殺される。誰も救われない。

素材は、五世紀の民族移動期にさかのぼる史実と伝説が混ざっている。ブルグント王国の滅亡、フン族の王アッティラ。古い伝承が、キリスト教と騎士道の時代の宮廷文学として書き直されている。

現存する写本は三十以上あり、本文に異同がある。中心となる写本は三種で、それぞれ末尾の詩句が異なる。成立地は、ドナウ川流域のパッサウ周辺とする説が有力である。

素材となった伝説は古い。五世紀、実在のブルグント王国がフン族によって滅ぼされた史実が核にある。北欧にも同じ伝説群が伝わり、古ノルド語の『エッダ』や『ヴォルスンガ・サガ』に、ジークフリートに対応する英雄シグルズの物語がある。同じ伝説が、北欧では神話的な形で、ドイツでは宮廷風の叙事詩として残った。

この叙事詩が書かれた1200年前後は、ドイツの宮廷叙事詩の最盛期にあたる。パルチヴァールや、ハルトマン・フォン・アウエの作品が同じ時期に書かれている。それらがフランス由来の騎士道物語であるのに対し、この作品はゲルマンの古い英雄伝説を素材にしている点で異なる。

文学史における評価と影響

ドイツの国民的叙事詩とされる。ただしその評価は、成立から数百年を経て与えられたものである。中世の後、この作品は長く忘れられていた。写本が再発見されたのは18世紀で、19世紀のロマン主義とナショナリズムの高まりの中で、ドイツ民族の起源を語る叙事詩として持ち上げられた。

この受容には、政治的な利用がつきまとう。忠誠、破滅を賭した戦い、最後まで屈しない戦士という主題は、近代ドイツで繰り返し政治的に用いられた。とくに、包囲され全滅する一族の姿は、「ニーベルンゲンの忠誠」として、犠牲を美化する文脈に持ち出された。第一次大戦、そしてナチス期に、この比喩は現実の政治で使われた。作品そのものと、その政治的な利用は区別する必要がある。

芸術作品としての受容では、ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』が大きい。ただしワーグナーは、この叙事詩よりも北欧の伝説群に多くを負っており、内容はこの作品と大きく異なる。両者を混同しないことが、しばしば注意される。

物語の構造としては、前半の栄光と後半の破滅という二部構成、そして復讐が復讐を呼んで全員が滅びる展開が特徴である。個人の名誉と一族への忠誠が、和解を不可能にし、破局へ突き進む。キリスト教的な赦しが働かない世界が、この作品の暗さを作っている。

日本でも訳が読める。長いが、物語の起伏は大きい。

あらすじ

前半。ブルグント王国の都ヴォルムスに、ネーデルラントの王子ジークフリートが来る。竜を殺してその血を浴び、体が刃を通さなくなった英雄である(ただし背中の一箇所だけ、菩提樹の葉が貼りついていて血がかからず、弱点として残る)。ジークフリートは、王女クリームヒルトを妻に望む。

ブルグント王グンテルは、条件を出す。自分が、力自慢の女王ブリュンヒルトを妻に得るのを助けよ、と。ジークフリートは、姿を消す隠れ蓑を用いてグンテルに力を貸し、ブリュンヒルトを組み伏せる。ブリュンヒルトは、自分を屈服させたのがグンテルだと信じ込まされる。 二組の結婚が成立する。

数年後、王妃となった二人の女が、夫の序列をめぐって口論する。クリームヒルトは、あなたの夫を屈服させたのは私の夫のほうだと言い、その証拠に、ジークフリートがブリュンヒルトから奪った指輪と帯を突きつける。ブリュンヒルトは深く辱められる。

ブルグントの重臣ハーゲンが、この恨みを晴らすと決める。クリームヒルトから、夫の弱点が背中の一点にあることを聞き出す。狩りの最中、水を飲もうと泉にかがんだジークフリートの背を、ハーゲンが槍で刺し貫く。

後半。クリームヒルトは、夫の死を嘆きながら、復讐の機会をうかがう。十三年後、フン族の王エッツェル(アッティラ)から求婚され、これを受けて再婚する。復讐のために、敵の力を得られる相手を選んだのである。

さらに十三年後、クリームヒルトは兄グンテルら一族をフン族の宮廷に招く。ハーゲンは罠を察するが、一族は招きに応じる。宴の席で争いが起こり、大広間での凄惨な戦いになる。ブルグントの戦士は次々に討たれる。広間に火が放たれ、盾で血をすすってまで戦い続ける。

最後にグンテルとハーゲンが捕らえられる。クリームヒルトは、夫の仇であるハーゲンに、奪われた財宝の在処を問う。ハーゲンは、主君が生きている限り言えぬと答える。クリームヒルトは兄グンテルを殺させ、その首を見せる。それでもハーゲンが口を割らないと、クリームヒルト自らが、かつて夫が持っていた剣でハーゲンの首を刎ねる。その光景を見た老将ヒルデブラントが、女の身で英雄を手にかけたことに激昂し、クリームヒルトを斬り殺す。 物語は、悲嘆と死者の山で閉じられる。

登場する文学史