トマス・マロリー
- 原綴
- Thomas Malory
- 生没
- 不明–1471
- 出身
- ウォリックシャー・ニューボールド・レヴェル(推定)
- 国
- イギリス
- 時代
- 中世
生涯
生没年も経歴も確かではない。もっとも有力な説では、ウォリックシャーのニューボールド・レヴェルに領地を持つ騎士サー・トマス・マロリーにあたるとされる。この人物は強盗や暴行などの罪で繰り返し告発され、長く獄につながれた。アーサー王の死の末尾には、作者が獄中でこれを書き終えたことをうかがわせる記述があり、この経歴と結びつけて読まれてきた。ただし同名の人物が複数おり、特定は今も定まっていない。
作風
素材は、中世を通じて英仏で膨大にふくらんだアーサー王をめぐる物語群である。マロリーはそれらを取捨し、ばらばらに伝わっていた挿話を一続きの英語の散文に編みなおした。
文体は、飾りの少ない落ち着いた散文で、騎士たちの誉れと戦い、恋、そして王国の崩壊を淡々と語っていく。韻文の物語が主だった時代に、長い物語を散文で通した点にこの仕事の新しさがある。
作品
アーサー王の死(Le Morte d'Arthur)は、アーサー王の誕生から、円卓の騎士たちの武勲、聖杯の探索、ランスロットと王妃ギネヴィアの不義、そして王国の内乱による滅びまでを一つにまとめた物語である。書名はフランス語で「アーサーの死」を意味するが、内容は王の一生と円卓全体の興亡に及ぶ。
1485年、イングランド最初の印刷業者ウィリアム・カクストンによって刊行された。カクストンが章立てを整え、序文を添えたこの版によって、物語は広く読まれるものになった。
文学史における立ち位置と影響
マロリーは、それまで散り散りだったアーサー王伝説を、英語で読める一つのまとまった形に確定させた。以後のイングランドでアーサー王を扱う作品は、そのほとんどがこの書を源泉にしている。19世紀のテニスンの連作詩『国王牧歌』も、20世紀以降の小説・映画も、たどればここに行き着く。
同時に、初期の英語散文の記念碑でもある。長い物語を平明な散文で語り通せることを示した点で、後の物語の書き方にも道を開いた。