クレチアン・ド・トロワ
- 原綴
- Chrétien de Troyes
- 生没
- 1130頃–1191頃
- 出身
- シャンパーニュ地方トロワ(現・オーブ県)とみられる
- 国
- フランス
- 時代
- 中世
生涯
十二世紀のなかば、シャンパーニュ地方のトロワ(現・オーブ県)の周辺で活動したとみられる。生涯についてはほとんど分かっていない。名の「ド・トロワ」は、トロワの出身であることを示す。
シャンパーニュ伯爵夫人マリーの宮廷に仕え、その庇護のもとで作品を書いた。貴族の宮廷は、当時の文学の主要な担い手だった。宮廷に集う貴婦人や騎士たちを聞き手として、韻文の物語がうたわれ、読まれた。
現存する作品は五つの韻文物語である。いずれもアーサー王とその円卓の騎士たちの世界を舞台にする。最後の『ペルスヴァル』は未完に終わっており、この作品の途中でクレチアンは筆を折ったか、あるいは没したと考えられている。
作風
クレチアンの物語は、韻文で書かれた「ロマンス」である。ロマンスとは、中世に生まれた、騎士の冒険と恋愛を語る物語の形式を指す。武勲だけでなく、恋愛の心理や、騎士としての道徳的な葛藤が、物語の重要な要素になっている。
その中心にあるのが、宮廷風恋愛(アムール・クルトワ)である。騎士が、高貴な貴婦人を、はるかに仰ぎ見て仕える。この恋のために、騎士は数々の試練に立ち向かい、みずからを高めていく。愛と武勲、そして名誉のあいだの緊張が、物語を動かす。
騎士の内面の描写に、すぐれる。冒険の筋を追うだけでなく、恋に悩み、義務と愛のあいだで揺れる騎士の心を、繊細に描いた。単なる武勇伝を越えて、人間の内面を描いた点に、クレチアンの新しさがある。
作品
『ランスロ、または荷車の騎士(Lancelot)』
アーサー王の妃グィネヴィアへの、騎士ランスロの秘めた愛を描いた物語である。愛のために名誉を犠牲にする騎士の姿を通して、宮廷風恋愛の理想を極限まで描いた。
『ペルスヴァル、または聖杯の物語(Perceval)』
若い騎士ペルスヴァルが、聖杯(グラール)と呼ばれる神秘の器をめぐる探索に向かう物語である。この作品が、後世に無数の変奏を生む「聖杯伝説」の出発点となった。未完に終わっている。
最初の作『エレックとエニード』は、フランス語で書かれた最初のアーサー王物語とされ、この一作でクレチアンはロマンスという形式の型を定めた。このほか『イヴァン、または獅子の騎士』『クリジェス』が現存する。いずれも八音節の詩句を二行ずつ韻を踏んで連ねた形式で書かれている。庇護者マリー妃は、『ランスロ』については主題そのものを詩人に与えたと、作中でクレチアン自身が記している。
文学史における立ち位置と影響
クレチアンは、アーサー王物語の文学を確立した人物として文学史に名を残す。円卓の騎士、ランスロとグィネヴィアの恋、そして聖杯の探索といった、後世のヨーロッパ文学に繰り返しあらわれる主題の多くは、クレチアンの作品に源をもつ。
とりわけ聖杯伝説は、その後、無数の作家によって語り直された。ドイツのヴォルフラム・フォン・エッシェンバハによる『パルチヴァール』をはじめ、中世ヨーロッパ各地で、聖杯をめぐる物語が生まれた。この主題は、近代の文学や音楽にまで受け継がれている。
騎士の冒険に、恋愛と内面の葛藤を織り込んだクレチアンの物語は、ヨーロッパの「ロマンス」という形式の基礎を築いた。中世フランスを代表する物語作家として、その位置は確立している。