人間不平等起源論

原題
Discours sur l'origine et les fondements de l'inégalité parmi les hommes
作者
ジャン=ジャック・ルソー
成立
1755
フランス
時代
18世紀

概要

1755年に刊行された論文である。ディジョン学士院が出した懸賞課題「人間のあいだの不平等の起源は何か、それは自然法によって認められるか」に応募して書かれた。応募作は落選している。

ルソーの論の運び方は、当時としては変わっている。歴史の記録をたどるのではなく、人間から社会が加えたものをすべて取り去っていったらどうなるかを考える。その状態を自然状態と呼び、そこから現在までにどういう段階を経てきたかを推論する。

ルソー自身、序文でこの方法を断っている。これは事実の記述ではなく、仮定の推論である、と。

結論は、不平等が人間の本性ではなく、後から生じたものだという主張になる。土地を囲って自分のものだと宣言する者が現れたところが分岐点として置かれる。

ルソーは1712年、ジュネーヴの時計職人の家に生まれた。ジュネーヴは当時フランスではなく、独立した都市国家だった。十六歳で徒弟の身分を捨てて出奔し、以後さまざまな職を転々としている。

1750年、同じディジョン学士院の懸賞に応募した学問芸術論が入選し、ルソーは一躍知られるようになった。学問と芸術の進歩は人間を良くしたか、という課題に対して、否と答えた論文である。この論文が当時の常識に逆らうものだったため、大きな議論を呼んだ。

この二度目の応募作は落選した。分量が規定を大きく超えていたことも一因とされる。ルソーは自費で刊行した。

刊行後、ヴォルテールが礼状を書いている。あなたの本を読むと四つ足で歩きたくなる、という趣旨の皮肉で、これがルソーとヴォルテールの対立の始まりにあたる。

七年後の1762年、ルソーは社会契約論エミールを刊行する。この二作は断罪され、ルソーは逮捕を避けて各地を転々とする生活に入った。

文学史における評価と影響

不平等を自然ではなく歴史の産物として説明した点が、この論文の核心にある。それまで、身分の差は自然の秩序として説明されることが多かった。ルソーはそれを、ある時点で発生し、法によって固定されたものだと論じた。

この議論はフランス革命期に読まれた。ただしルソーは、自然状態に戻れとは書いていない。序文でも本文でも、その状態はもはや存在せず、おそらく存在したこともないと断っている。にもかかわらず、ルソーを自然への回帰の主張者として読む見方が広まった。この誤読は現在も残っている。

自尊心と自己愛の区別も影響が大きい。自己愛は自分の生存への配慮で、他人と比べなくても成り立つ。自尊心は他人との比較から生じ、他人の評価に依存する。ルソーは後者を、人間を不幸にする感情として扱った。この区別は後の心理学と社会思想に受け継がれた。

方法については批判もある。自然状態は観察できず、証拠もない。ルソー自身がそう断っているとはいえ、そこから導かれる結論の根拠は弱い。19世紀以降の人類学は、単独で暮らす人間という前提そのものを否定している。

ホッブズ、ロック、ルソーの三者は社会契約論の系譜として並べられるが、自然状態の想定はそれぞれ異なる。この論文はその違いが最も鮮明に出る文書にあたる。

内容

献辞が冒頭に置かれる。ルソーの生まれ故郷ジュネーヴ共和国に宛てたもので、小規模な共和国への賛辞が長く続く。

序文では方法が説明される。人間の本性を知るには、社会が付け加えたものを取り除かなければならない。だがそれは、時間をさかのぼって観察できるものではない。だから仮定として組み立てる。

第一部は自然状態を扱う。

そこにいる人間は、森で単独に暮らし、その日の必要を満たすだけで、言語も家族も持たない。他人との関係が続かないので、比較も競争も起きない。

ルソーはこの人間に二つの原理を認める。自己保存の欲求と、他者が苦しむのを見て起こる憐れみである。憐れみは理性より前に働くもので、動物にも見られる。この二つがあれば、法がなくても社会は破綻しない。

ここでルソーはホッブズに反論する。ホッブズは自然状態を万人の万人に対する闘争と考えたが、それは社会の中で育った人間の性質を自然状態に持ち込んだ誤りだ、とルソーは論じる。

同時に、この人間には理性も道徳もない。ルソーは自然状態を理想として描いているのではなく、善悪の区別以前の状態として置いている。ただし、人間には完成可能性——自分を変えていく能力——があり、これが後の展開を引き起こす。

第二部は、そこから現在までの経過を扱う。

冒頭に有名な一節が置かれる。ある土地を囲い込み、これは自分のものだと言い、それを信じるほど単純な人々を見つけた者が、社会の真の創立者である。もし誰かが杭を引き抜き、この男の言うことを聞くな、果実は万人のもので土地は誰のものでもない、と叫んでいたら、どれだけの犯罪と戦争が避けられたか。

段階は次のように置かれる。まず、道具を作り、住居を持ち、家族ができる。次に、集まって暮らすうちに比較が生まれる。誰が一番歌がうまいか、誰が一番美しいか。ここで自尊心が発生する。自然状態の自己愛と違い、他人との比較に依存する感情である。

農業と冶金の発明が決定的な段階になる。土地を耕せば所有が生まれ、金属を扱えば力の差が生まれる。ここから富者と貧者が分かれる。

富者は自分の所有を守れない。そこで、皆の身の安全と財産を守るための法を作ろうと提案する。貧者はこれを受け入れる。だがこの契約は、実際には既存の不平等を法として固定するものだった。ルソーは、これによって人類が鎖につながれたと書く。

その後、統治する者とされる者の区別が生まれ、最後に恣意的な権力が現れる。専制のもとでは全員が主人の前で平等になる、という皮肉な形で議論が閉じられる。

作者

登場する文学史