アンナ・カレーニナ
- 原題
- Anna Karenina
- 作者
- レフ・トルストイ
- 成立
- 1877
- 国
- ロシア
- 時代
- 黄金時代
概要
1873年から1877年まで雑誌『ロシア報知』に連載された長篇小説である。全八篇。幸福な家庭はどれも似ているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である、という趣旨の一文で始まる。
筋は二本ある。一方は、ペテルブルグの高官カレーニンの妻アンナが、青年将校ヴロンスキーと恋に落ち、家庭を捨て、社交界から締め出されて死ぬまで。もう一方は、地主リョーヴィンが領地で農業を営み、キティと結婚し、生きる意味を求め続ける過程である。二人が顔を合わせるのは終わり近くの一場面だけで、それ以外では、共通の知人を通じて緩やかにつながっている。
トルストイ自身、この作品の構成を、建物のアーチのように接合部が見えないところで組み合わさっていると説明したことがある。二本の筋は、家庭とは何か、社会の規範はどこまで人を縛るか、生きる根拠をどこに置くかという同じ問いを、別々の答えで扱っている。
戦争と平和と違い、歴史上の事件も戦場も出てこない。舞台はモスクワ、ペテルブルグ、地方の領地に限られ、扱われるのは結婚、出産、農作業、選挙、競馬、社交である。
執筆は1873年に始まり、四年を要した。同じ雑誌に連載されたが、最終篇だけは掲載されなかった。露土戦争へ義勇兵として向かうロシア人を批判的に描いた部分が、雑誌の主張と衝突したためで、最終篇は単行本として別に出された。
構想の発端には、トルストイの近隣で起きた事件がある。知人の内縁の妻が、関係の破綻の末に貨物列車に身を投げた。トルストイは検死に立ち会っている。当初は、姦通した女を裁く道徳的な小説として構想されていたが、書き進むうちにアンナへの扱いが変わっていったことが草稿から分かる。
リョーヴィンには作者自身が濃く反映されている。名はトルストイの名レフから来ており、農業経営の試み、キティへの求婚の場面、兄の死、結婚後の宗教的な模索は、いずれも実生活に対応する。求婚の際に頭文字だけで言葉を伝え合う場面は、妻ソフィアとの間で実際にあった出来事にもとづく。
この作品を書き終えたあと、トルストイは深刻な精神的危機を経て、小説から離れていく。以後は宗教的・社会的な著述が中心になり、長篇の執筆は二十年以上途絶えた。
文学史における評価と影響
19世紀の写実主義小説の到達点として扱われる。人物の内面が、行動と生活の細部を通して示され、地の文が説明で代行しない。競馬の場面で夫がアンナの表情から関係を確信する箇所のように、外から見えるものだけで内面が伝わる書き方が徹底している。アンナが駅で列車に向かうまでの数ページは、意識の断片が次々に流れる書き方で、後の意識の流れの手法を先取りしていると評される。
同時代のヨーロッパには姦通を扱った小説が並んでいる。フローベールのボヴァリー夫人、フォンターネの作品群。この作品が異なるのは、姦通の筋の隣に、成功した結婚の筋を等しい分量で置いた点である。アンナの破滅は、社会が女にだけ罰を課すからであり、同時に、リョーヴィンの側も幸福だけでは救われない。 家庭は答えとしては提示されていない。
冒頭の一文は世界的に知られ、比喩として学術の場でも使われる。生態系や事業の失敗要因を説明する際に引かれる「アンナ・カレーニナの法則」という言い方は、この一文に由来する。
日本では明治期に部分訳が出て、1910年代に全訳が進んだ。トルストイの思想は同時代の日本の知識人に強い影響を与え、志賀直哉ら白樺派の作家が傾倒したことでも知られる。映画化は各国で繰り返されている。
あらすじ
第一篇。モスクワのオブロンスキー家で、夫の浮気が発覚して家庭が壊れかけている。仲裁のため、妹のアンナがペテルブルグから来る。アンナは二十歳年上の高官カレーニンの妻で、八歳の息子がいる。駅で青年将校ヴロンスキーと出会う。同じ日、駅で鉄道員が轢死する。アンナは兄夫婦を和解させるが、舞踏会でヴロンスキーと踊り、ヴロンスキーに求婚するはずだったキティを傷つける。逃げるようにペテルブルグへ帰る車中に、ヴロンスキーが乗り合わせている。
キティに求婚して断られていた地主リョーヴィンは、領地に戻り、農業に打ち込む。農民と並んで草を刈り、農地経営の方法を考える。
第二篇から第四篇。アンナとヴロンスキーの関係は続き、アンナは妊娠する。競馬の場でヴロンスキーが落馬し、アンナは取り乱して夫の前で関係を認める。カレーニンは体面を第一に考え、離婚も決闘も避け、表面だけを保つよう命じる。アンナは出産後に産褥熱で死にかけ、その枕元でカレーニンは二人を許す。アンナが回復すると許しは続かず、ヴロンスキーは自殺を図って失敗する。
第五篇から第六篇。アンナとヴロンスキーは娘を連れてイタリアへ行き、帰国する。社交界はアンナを受け入れない。同じことをした男は許されるが、女は許されない。劇場でアンナが公然と侮辱される場面が、その線引きを示す。離婚は成立せず、息子には会えない。二人は領地に移る。リョーヴィンはキティと結婚し、領地で暮らし始める。兄ニコライの死に立ち会い、死そのものに打ちのめされる。同じ時期に息子が生まれる。
第七篇。アンナはヴロンスキーの愛が冷めることを恐れ、外出も交際も制限された生活の中で嫉妬を募らせる。阿片で眠り、疑い、責め、その反動で自分を責める。口論のあと、ヴロンスキーが母のもとへ出かける。追いかけて駅に着いたアンナは、貨物列車の下に身を投げる。
第八篇。ヴロンスキーは義勇兵としてセルビアの戦争へ向かう。リョーヴィンは、幸福な家庭を得たのちも、生きる意味が分からず自殺を考えるほどになる。ある日、農民から、金のためでなく魂のために生きる百姓がいるという話を聞き、そこに答えを見出す。ただしそれで生活が変わるわけではない。腹を立てもするし、失敗もする。信仰を得たあとも人は同じように生きるという認識で小説は終わる。