志賀直哉
- 生没
- 1883–1971
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
何をやったか
簡潔で無駄のない文章を確立した。 修飾を削ぎ落とし、事実と動作を短く積み重ねる文体である。この文章は後の作家に広く模倣され、「小説の神様」と呼ばれた。
主題は日常である。父との対立、旅先での出来事、小動物の死。事件らしい事件がない題材から、心の動きだけを取り出す。
『城の崎にて』(一九一七年)は、怪我の療養で滞在した温泉地で、蜂・鼠・イモリの死を見た体験を書いた短篇である。生と死の距離が淡々と記述される。
唯一の長篇『暗夜行路』は一九二一年から一九三七年まで、断続的に十六年かけて完成させた。
文学史における位置
私小説の完成形とされる。作者自身の身辺を素材にしながら、告白の生々しさではなく、簡潔な描写に徹した点が特徴である。
武者小路実篤らとともに白樺派に属する。人道主義と自我の肯定を掲げた集団で、裕福な家庭の出身者が多い。自然主義の暗さに対する反発として位置づけられる。
その影響力の大きさが、後に批判の対象にもなった。 私小説が日本文学の主流であり続けたことに対する批判——社会を描かない、という批判——は、しばしば志賀の完成度の高さと結びつけて語られる。
芥川龍之介は晩年、志賀の「筋のない小説」を評価する発言をしており、構成重視だった自身の方法に揺らぎが生じていたことがうかがえる。
代表作
- 『城の崎にて』(一九一七年)— 短篇の代表作。生と死
- 『和解』(一九一七年)— 父との対立と和解
- 『小僧の神様』(一九二〇年)
- 『暗夜行路』(一九二一〜三七年)— 唯一の長篇
何から読むか
『城の崎にて』が短く、文体の特徴が最もよく出ている。十数ページで読める。
文章の簡潔さを味わう作家なので、長篇より短篇から入るほうが理解しやすい。 『暗夜行路』は十六年かけて書かれたため、部分によって密度が異なる。
著作権保護期間が満了しているため、青空文庫で読める。