細雪
- 作者
- 谷崎潤一郎
- 成立
- 1943-1948
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
戦争中に書かれ、戦争がほとんど出てこない小説である。上・中・下の三巻、千ページを超える。
書かれているのは、大阪の船場の旧家蒔岡家の四姉妹の日常にあたる。長女鶴子、次女幸子、三女雪子、四女妙子。物語は主に幸子の家を舞台に進む。
中心にあるのは、雪子の見合いである。三十を過ぎても縁が決まらない。家格を気にし、相手のあらを探し、返事を先延ばしにするうちに縁が流れる。この見合いが、何度も繰り返される。 それがこの小説の背骨にあたる。
もう一つが四女妙子の問題である。人形作りや洋裁で自活しようとし、恋愛を重ね、家の体面を繰り返し傷つける。姉たちは妙子を持て余しながら、切り捨てもしない。
事件らしい事件は起こらない。花見に行き、蛍を見に行き、着物を選び、病気になり、手紙を書く。阪神大水害と台風が挟まるくらいである。千ページかけて、家が少しずつ衰えていく。
連載は軍部に差し止められた。1943年、雑誌『中央公論』に載り始めるが、戦時にふさわしくない、として二回で掲載中止になる。谷崎は私費で二百部ほどを印刷して知人に配り、書き続けて隠した。 全編が世に出るのは戦後の1948年である。
文学史における評価と影響
谷崎の最長篇であり、代表作とされる。
評価の中心は、滅びていくものを、滅びる前の状態のまま書きとめた点にある。船場の商家の暮らし、着物、料理、年中行事、言葉遣い。戦後にはほとんど残らなかったものが、ここでは現役として動いている。
差し止められた理由が、そのまま作品の性格を示している。軍部が問題にしたのは、反戦の主張ではない。戦時にこういう暮らしを書くこと自体が、不謹慎だと判断された。 谷崎は抵抗の作品として書いたのではなく、抵抗と受け取られる状況のほうが先にあった。
四姉妹の書き分けが、しばしば構成上の達成として挙げられる。長女は家を守り、次女は間に立ち、三女は動かず、四女は逸脱する。四人の性格が、そのまま旧家が近代に直面したときの四つの反応になっている。
雪子が動かないことも論じられる。雪子はほとんど自分から発言しない。見合いを断るのも、はっきり断らずに時間を使う。主人公が意志を示さないまま千ページが進むという構造は、日本の小説でも珍しい。
源氏物語との関係も指摘される。谷崎はこの時期、源氏物語の現代語訳に取り組んでいた。事件を積まず、季節と情趣で読ませる方法は、そこから来ている。
映画化は三度、テレビドラマ化も繰り返されている。
あらすじ
上巻。大阪船場の旧家蒔岡家は、かつて名家だったが、父の代から傾いている。
長女鶴子は本家を継ぎ、婿と多くの子と暮らしている。次女幸子も婿を取り、芦屋に分家している。未婚の三女雪子と四女妙子は、本家より居心地のよい幸子の家に入り浸っている。
雪子は三十を過ぎている。美しく、控えめで、和装が似合う。 だが縁談がまとまらない。家格が釣り合わない、相手の身内に問題がある、健康に不安がある——理由をつけて断るうちに、年月が過ぎている。
雪子の顔に時折出る目の上のしみが、見合いのたびに気にされる。
妙子は逆に活動的である。人形を作り、洋裁を学び、自分で稼ごうとする。かつて船場の若旦那啓坊と駆け落ち未遂を起こし、新聞に書かれた。そのとき記事が雪子と取り違えられ、雪子の縁談に傷がついたままになっている。
中巻。見合いが続く。ある相手は年齢を偽っていた。ある相手は母親が問題だった。そのたびに幸子とその夫貞之助が調べ、迷い、返事を遅らせる。
阪神大水害が起きる。妙子は洋裁学校に閉じ込められ、写真家の板倉に救出される。この一件から、妙子と板倉が近づく。
板倉は身分が低い。姉たちは反対する。だが板倉は中耳炎から敗血症を起こして急死する。
本家が東京へ移る。雪子と妙子はますます幸子の家に居着く。
下巻。妙子は今度は三好というバーテンダーと関係を持つ。姉たちは知らされない。
雪子の見合いは続く。ある縁談は先方が乗り気だったが、蒔岡家が返事を渋るうちに流れる。そのころ雪子は、断ることも受けることも自分では言わない。
妙子が病に倒れる。赤痢だった。看病のなかで、妙子が三好の子を身ごもっていることが分かる。 姉たちは体裁を保つため、妙子を人目につかない場所へ移す。
子は死産だった。妙子は三好と暮らすことになり、蒔岡の家を出る。
そして雪子の縁談がまとまる。相手は華族の庶子で、条件は必ずしもよくない。だが今度は決まる。
結婚のため東京へ発つ日、雪子は下痢が止まらない。支度をしながら、まだ気が進まない様子である。 その状態のまま汽車に乗るところで、小説は終わる。