滝沢馬琴(曲亭馬琴)
- 原綴
- Takizawa Bakin
- 生没
- 1767–1848
- 出身
- 江戸・深川(現・東京都江東区)
- 本名
- 滝沢興邦
- 国
- 日本
- 時代
- 近世
生涯
1767年、江戸の深川(現・東京都江東区)に、旗本に仕える武士の子として生まれた。本名は興邦(おきくに)。幼くして父を失い、家は困窮した。奉公や放浪を経て、二十代で戯作者を志し、当時流行の作家、山東京伝(さんとうきょうでん)のもとに出入りした。京伝は洒落本・黄表紙で知られた江戸の人気戯作者である。
はじめは滑稽本や黄表紙を書いたが、しだいに読本(よみほん、格調の高い伝奇小説)に向かった。筆一本で身を立てる職業作家として、旺盛に書き続けた。晩年は視力を失ったが、亡き息子の嫁お路(みち)に口述を筆記させて南総里見八犬伝を書き継いだ。漢字を知らない嫁に字を教えながらの作業だったと伝えられる。二十八年をかけた大作である。1848年、江戸で没した。
作風
馬琴の小説は、勧善懲悪と因果応報を物語の骨組みにする。善は必ず報われ、悪は必ず滅びる。前世の因縁が現世の運命を決め、伏線が長い年月をへだてて回収される。緻密に組み立てられた構成が、馬琴の伝奇小説の特徴である。
中国の白話小説(口語で書かれた通俗小説)、とりわけ『水滸伝』の影響が濃い。多くの豪傑が大義のもとに集まる筋立てや、壮大な構想は、中国小説を手本としている。学識をこめた重厚な文章で、史実や故事を随所に盛り込んだ。
儒教道徳を物語の背骨に据えた点も見逃せない。忠義・孝行・貞節といった徳目が、登場人物の運命を通して説かれる。娯楽性と教訓性を両立させたところに、馬琴の作家としての立場があった。
作品
南総里見八犬伝(1814-1842年)
全九十八巻百六冊におよぶ長篇伝奇小説である。安房国の里見家をめぐり、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の徳を表す八つの玉を持って生まれた八人の若者(八犬士)が、因縁に導かれて集結する。二十八年をかけて完結した、江戸読本の最高峰とされる。
『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』
源為朝(みなもとのためとも)を主人公にした伝奇小説である。史実の武将を、琉球にまで舞台を広げた雄大な物語の主人公に仕立てた。浮世絵師の葛飾北斎(かつしかほくさい)が挿絵を描いたことでも知られる。
文学史における立ち位置と影響
馬琴は、江戸後期に読本を長篇伝奇小説として大成させた作家として文学史に名を残す。雨月物語の上田秋成が短篇の名手だったのに対し、馬琴は壮大な長篇の構想力で群を抜いた。筆一本で生計を立てた、日本で最初期の職業作家の一人でもある。
その勧善懲悪の世界は、近代になって批判の的にもなった。坪内逍遥は『小説神髄』で、馬琴の描く登場人物が徳目を体現する型にとどまり、生きた人間の心理になっていないと批判した。この批判は、近代小説が人間の内面の写実へ向かう出発点となった。
とはいえ南総里見八犬伝の物語としての面白さは古びず、後世の大衆小説や、時代物の映画・演劇・漫画に繰り返し翻案されてきた。江戸の物語文学の一つの到達点である。